もう7月も終わるというのに、なかなか長袖を手放せずにいる。
近くにいる、遠くにいる、大切なひとたちのことを想いながら、夜が更けていく。
「irodoriさんが給与の担当じゃなくなったら、年末調整のこと、誰に聞けばいいの〜?」
昨年の春、わたしが札幌に発つ前の日に、本社ビルのエントランスで偶然Kさんにお会いしたとき、Kさんはそんなふうに冗談を言って笑っていたのだった。
どんなに忙しくても、どんなに苛立っていても、「ありがとう」と言われたらやっぱりうれしいし、役に立ててよかった、と思う。給与担当者として働いていたときは、特にそうだった。Kさんはもともと人事部にいらした方で、年末調整時期の給与担当者の大変さもよく理解してくださっていて、だからこそ、お会いするたびに「あのときは本当にありがとうね」「irodoriさんのおかげですごく助かったよ」と、いつも笑顔で声をかけてくださったのだと思う。ずいぶんと出世されて偉くなられた方なのに、いつもスマートで、ちょっとお茶目で、わたしのようないち担当者にも気さくに接していただいた。
「今度、ぜひ札幌にも出張にいらしてくださいね」
「ありがとう。札幌でも元気に頑張ってよ」
Kさんが亡くなったという報せが届いたとき、そう言ってお別れしたあの春の日を思い出さずにはいられなかった。柔らかな陽光が差し込む、穏やかな昼下がり。Kさんが笑った顔までちゃんと覚えていたし、これからもずっと覚えていたいと思う。
「またいつか」が来ることを、わたしはどこかで信じ込んでいた。それを、少し後悔している自分がいる。また、も、いつか、も、来ないかもしれない未来があることを、この歳になってもまだ覚悟できずにいるのかもしれない。
わたしのことをそっと想っていてくれるひとたちに、いま、とても会いたくなった。
紅色

少し前の話だけれど、去年の暮れのある夜、東北から北海道まで広範囲で大きく揺れた地震があった。わたしが住むまちは震度3。でも、久しぶりに感じた大きな揺れで、その程度とはとても思えないような地震だった。
翌朝会社に出勤すると、当時金沢で能登の復興の仕事をしていた会社の先輩からメールが届いていた。地震は大丈夫だったかと、わたしの身を案ずる内容だった。
先輩と初めて会ったのは10年くらい前、福岡にいたときのこと。同じ宿舎に住んでいたものの、仕事ではまったく絡むことがなく、一緒に飲みに行った記憶もわずかしかなかった。先輩はわたしより一年先に異動で福岡を去り、長らくそれきりだったから、わたしは先輩のことを覚えていても、先輩はわたしのことなんてすっかり忘れているだろうと思っていた。
数年前、給与の仕事をしていたときに、その先輩が金沢に異動することになった。金沢の事務所はわたしの担当で、異動調書に上がってきた先輩の名前を見て「あぁ、懐かしい名前だな」と思った。
しばらくしてわたしの札幌への異動が決まり、ちょうどそのころ、突然先輩から電話がかかってきた。異動時期ならではの殺伐とした繁忙期、先輩とのその電話がとても楽しくてよく笑い、ふっと心が軽くなったことをよく覚えている。
それから、先輩はときどき思い出したようにメールをくれるようになった。昨年秋に金沢に旅行に行ったとき、先輩と同じ事務所に勤める後輩に「事務所のみんなで食べてね」と渡した札幌のお土産についても、先輩からわざわざ「ありがとう」とお礼のメールが届いたりもした。
そして冒頭のメールである。
地震のニュースを見て、わたしのことを思い出してくれたのだろうか。当時は職場の人間関係に悩んでいたこともあり、先輩のそういうさりげないやさしさがたまらなくうれしくて、とてもありがたかった。
先日、久しぶりに先輩から連絡があった。先輩は、4月から横浜で働いている。
8月に道東に行く予定を立てているらしく、交通手段などについていろいろと聞かれたので丁寧に返事をした。先輩の旅程がちょうどわたしが北見に帰る日程と重なっているという話をしたら、先輩に「北見で会えないか」と言われた。札幌ではなく、北見で!
正直、10年くらい会っていないから先輩の顔もよく覚えていないし、電話やメールでのやりとりしかしていないし、でも、その少しのやりとりだけで、先輩がとてもおだやかでいいひとだということは火を見るよりも明らかだ。コミュ力低めのわたしなので、「10年ぶりに会っていったい何を話せばいいんだろう?」という心配もあるし、なんだか緊張もするけれど、わたしも先輩に久しぶりに会ってみたいなーと思った。
今年度は職場でも(やっっっと)周りのひとに恵まれて、忙しくも楽しくてとても充実した毎日。週末は週末で、職場のみんなといっしょにお出かけしたり旅行に出かけたり、超アクティブに過ごしている。
2026年ももう折り返し地点。なんてことのない毎日を大切に、笑顔で楽しくしあわせに、咲きはじめたタチアオイのように、たおやかに、まっすぐに、生きていきたい今日このごろです。
青
日ハム9連勝。今日はわたしの推しである田宮選手の誕生日(同じ辰年、だけど一回りも年下である)で、なんと、今季3本目のホームランを打った。解説者が「ここで1本出れば打率3割です」と言った瞬間に飛び出た1本。最初はヒットで出塁したものの、新庄監督のリクエストによりリプレイ検証がなされ、彼は、審判の判定が明らかになるまで、2塁の上でにこにこしながらお祈りのポーズをしたり首を傾げたりしていた。
9回表で中日に追いつかれたものの、その裏で、最近調子のいい水野選手が1本ぶちかまして試合終了。サヨナラ勝ちだった。
勝利を喜ぶファイターズ選手たちのかたわらで、膝から崩れ落ちるほど悔しがっている相手投手の姿があり、すぐに駆け寄りその背に手を当てて励ます選手の姿もあった。
そうだよな。9回表で2点差を追いついたら選手にも応援にも勢いがつくし、投手が耐えて延長戦にもつれこめば、その勢いのままに中日が勝つ世界線だってあったことは想像に難くない。でも、自分がそれを断ち切ってしまった・・・って思ったら、そりゃあ、悔しいよね。
勝負ごとには必ず勝者と敗者がいるけれど、今日の試合決着の瞬間の、あのリプレイ動画はちょっと胸にくるものがあった。
それにしてもパ・リーグが強い。セ・リーグにソフトバンクをこてんぱんにやっつけてほしかったのに、誰もやっつけてくれないし、なんなら逆にこてんぱんにやられているし、だいたいパ・リーグが勝つもんだから順位表にほとんど動きがない・・・。
日ハムの交流戦もいよいよ残り2試合。中日と広島に勝ち切って、いいかたちで交流戦を締めくくれるといい。