新緑

「ランニングのついでに会いに行こうと思った」
と彼から連絡があった日、結局彼に会うことはなかったのだけれど、彼もわたしと同じ気持ちでいてくれたことを知って、わたしは余計に彼に会いたくなってしまった。

ふたりで会うようになったころ、彼は「3月までは仕方がないんだ」と何度も繰り返していた。晩秋に彼との関係を清算したはずが、結局、彼に押し切られるようにして再び関係を持ちはじめてからも、彼はわたしを抱きしめて同じ言葉を何度もつぶやいた。それは、まるで彼が彼自身に言い聞かせているようで、わたしは彼の腕の中で例えようのない気持ちを持て余しながら、彼の柔らかい髪をそっと撫でることしかできなかった。
彼に抱きしめられると、彼のワイシャツはいつも洗濯物のいい匂いがした。わたしはそのたびに、彼が家族を愛し、愛されていることを思い知らされて、「3月までじゃない、早く終わらせなくちゃ」と焦る自分と戦ってはあっさり負けていた。
彼も、わたしも、どうしようもなく弱い人間だった。

彼に返事はしなかった。途切れたLINEを眺めては、毎日、毎日、来る日も来る日も彼に「会いたい」と思いながら、いつか諦めがつく日をじっと待ち続けている。

「会いたい」というわたしの想いが、どこまでも一方通行だったらよかった。
3月の終わり、彼とふたりで会うことはもう二度とないと固く心に決めたあの日の気持ちのまま、彼のことを上手に忘れられる日がちゃんと来るように、もうすこし、あとすこし、そう思いながら毎日を過ごしてきたのに、彼はそんなわたしの気も知らないで勝手なことばかり言う。

でも、だけど。

横浜にやってきたいま、彼と同じ沿線に住んでいるとはいえ、札幌にいたころとは違ってきっと簡単に走って会いに来れるような距離ではないだろう。それでも彼がわたしに「会いたい」と思ってくれたこと、その気持ちを伝えてくれたこと、わたしはうれしくてたまらなかった。

虹色



Mr.Childrenの30周年記念ツアー「半世紀へのエントランス」に行ってきた。

いつもなら、福岡にいたころに“すきだったひと”がファンクラブの抽選でチケットを取ってくれるというのが恒例だったのだけれど、今回は誘いもなく、コロナ禍ということもあってそのことを特に気にも留めていなかった。まだ札幌に雪が降り積もっていたころ、わたしは自分で抽選に申し込んだ。5月10日、その日はまさにデビュー30周年記念日で、わたしが手に入れたのは図らずもそんなレアチケットだった。

前回のドームツアー「Against All GRAVITY」以来の東京ドームには、おそらく数万人ものひとが押し寄せていた。誰しもが一様にマスクをしていること以外は、コロナ禍になる前となんら変わらないように思えた。


グッズを買い求めるひとの列、会場周辺の写真を撮るひとの群れ、そこここに座って、立って、“誰か”を、“何か”を、待つひとたち。ここ数年、これほど多くのひとに囲まれることなどなかったから、わたしはそれを快にも不快にも思うことなく、懐かしさにも似たような不思議な気持ちでその光景を眺めていた。

ひとの波に押されながら41ゲートを目指して歩いていると、ふと、正面から見慣れたひとがこちらに向かってくることに気がついた。思わず声をかけたけれど、そのひとはまったくわたしに気づくことなく突然Uターンした。小走りで追いかけ、肩に触れ、名前を呼んだ。

いないはずの“すきだったひと”が、わたしの目の前に現れた。

「よく見つけましたね」と彼は驚いていたけれど、それ以上に驚いたのはわたしだった。この数えきれないほどの人混みに紛れた
たったひとりの彼に、こんなふうに遭遇するとは誰が予想できただろう。彼は、ファンクラブの先行抽選のメールを見逃していて、いつものようにわたしたちを誘うことができなかったそうだ。「だから、今日は僕も自力でチケットを取りましたよ」と言っていたけれど、まさか同じ会場の同じ日のチケットを取って、しかもこの人だかりの中から彼を見つけるだなんて思いもしなかった。
彼も同じく41ゲートからの入場で、「終演後にまた落ち合いましょう」と約束をして別れた。それからほどなくして、ライブが始まった。

ステージの上でのびやかに歌ったり、演奏したり、走り回っている大好きなひとたちの姿がそこにあった。大好きなひとたちが元気ていてくれて、「会いたかったよ」と言ってくれて、変わらずに楽しそうにステージに立ってくれて、素敵な歌をたくさん届けてくれて、30周年を迎えた記念すべき日に同じ場所にいることができて、わたしはそれだけで心からうれしかった。
だって、もう会えないかもしれないと本気で思っていたから。コロナ禍が長引いて、ライブどころじゃなくなってしまって、わたしはその間に何度も生きることを諦めそうになっていたから。

いろいろな記憶が走馬灯のように駆けめぐって、開始10秒で涙が止まらなくなった。泣くような曲じゃないのに、ぽろぽろとあふれる涙をどうすることもできずにいた。
すきなひとが一番好きだと言っていたあの曲も、すきなひととはじめていっしょに過ごした夜に二人で聴いた曲も、ひとりぼっちになってから飽きるほど繰り返した曲も、どんな曲も、彼の顔がぼんやりと頭に浮かんだ。切なくて、悲しくて、苦しくて、でも、たいせつに抱きしめておきたい思い出ばかりだった。会いたくて、まだ大好きで、今も忘れられなくて、そんな自分が嫌で、嫌で、大嫌いで、もう、こんなに苦しいなら消えてなくなりたいと何度思ったことだろう。
…だけれど、彼らの全身全霊のパフォーマンスを目の当たりにして、やっぱり生きていてよかったと心から思った。生きづらいこの世界を、救いようのないわたしの人生を、もうすこしだけ、あとすこしだけ、生きてみようと思った。
わたしはあの日、たしかに、大好きなミスチルに生きる力をもらった。

終演後、“すきだったひと”と再び落ち合って、3年前のライブ後にみんなで訪れた店を探し歩いて同じ店に入った。ふたりきりで飲むのは、たぶん、福岡で最後に過ごしたあの夜以来じゃないかな。楽しかった。あんなに笑い転げたのはほんとうに久しぶりで、あんまり楽しくて、帰りの電車は終電だった。

実は、ライブの日の朝、すきなひとから
「今日でしょ?楽しんできて」
と、たったそれだけのメッセージが手のひらの中に届いていた。気がついたのは午後、会社を退社してからのことで、返信したのはライブが始まる1時間前のことだった。
ライブに当たったことはそれとなく伝えていたけど、そんなのまだ札幌が吹雪いていたころの話だ。彼の真意はいつもいまいち読めないし、こういうことをされるから、わたしは彼のことを忘れられずに苦しんでいるのだと思う。
いつも気にかけてくれてありがとう、と、すきになってくれてありがとう、と、いつか、心からそんなふうに思える日がくるだろうか。彼といっしょにいてしあわせだった日のことも、さみしかった毎日のことも、笑って思い出せる日がくるだろうか。その日まで、わたしはちゃんと生きていられるだろうか。

いや、生きていたいな。
わたしは、わたしの救いようのない人生を、わたしなりにちゃんと生きていきたい。
わたしだけじゃない。みんなに生きていてほしい。家族も、友達も、会社のひとたちも、彼にも、彼の大切な家族にも、有名人も、世界中のひとも、見ず知らずのあなたにも、わたしは生きていてほしいと思っている。どうか、どうか、いなくならないでほしいと思っている。

「半世紀へのエントランス」に、わたしも足を踏み入れた気持ちで生きていこう。20年後は50代半ば。そのときのわたしが、いまよりもっとしあわせであるように。そんな未来を描きながら生きていく。ひたむきに、あきらめずに、生きていく。
アンコールで、「生きろ」と、大好きなひとたちが力強く伝えてくれたことが何よりのプレゼントだった。生きよう。そう素直に思い直すことができた自分を、いつか誇りに思える日がくるまで。

北海道では、現場にべったり張り付きながらキャッシュフローの最大化に向けてあれやこれやと手を尽くしていたのだけれど、異動先での仕事はまさかの給与業務だった。現場とは全く無縁となり、相対するのも我が社の職員ばかりで、新しい部署では自分の名刺さえ作っていない。これほど仕事内容が変わると、これまでの知識は一切役に立たず、「わたしって転職したんだっけ?」と疑わずにはいられない日々である。
我が社は給与支給日が月半ばで、いまがまさに給与計算の真っ最中。職員の給与を支払うために連休もカレンダーどおりに出勤。仕事とはいえ、なんかちょっと虚しくなる。

連休初日は曇りのち雨だった。どこにも行かず、家にいた。
午前中はIKEAで買った荷物が届いた。先週末、とある収納ボックスを実店舗で下見して、持ち帰るのが大変そうだったからオンラインショップで購入したのだ。かわいいカゴとか、観葉植物用の水差しとか、小さなゴミ箱なんかもいっしょに買った。収納ボックスに冬物の服や小物などを整理したら、クローゼットの中がすっきりした。
お昼は、鮭のハラスをこんがり焼いたのと、作り置いていたきゅうりの酢の物とネギたっぷりの納豆ごはんを食べた。書き物をしたり、テレビを見たり、ソファでうたた寝したりしていたらあっという間に夕方になった。雨はすこし強くなったようだ。
冷凍していた牛肉を焼いて、春キャベツと新玉ねぎのサラダを作って、簡単に夕食を済ませた。テレビのニュースによると明日の天気は晴れだという。シーツやタオルケットなどを洗濯しようと思い立ったものの、そういえば引っ越しの際に劣化していた洗濯バサミをほとんど処分したことを思い出し、土砂降りの雨の中、家の隣にあるドラッグストアに出かけて洗濯バサミを調達してきた。買ったばかりの赤い傘は、雨を見事に弾いていた。

冷えた体を温めるために早めにお風呂に入って、書き物の続きをして、いま、なんとなくこの文章を書いている。今日は早めにベッドにもぐろうと思う。