透明

先日から、書いては消し、書いては消しを繰り返しているのだけれど、ひとりで抱えるには重すぎて、どうしても吐き出さずにはいられなかった。素直な自分の気持ちをここに嘘偽りなく書き連ねることを、どうか、どうか、許してほしい。

 

あの日のあと、会社帰りに何度か彼といっしょになった。そのたびに彼はわたしの家の近くまで送ってくれた。「遠回りになっちゃいますよ」と言っても、「勝手についていくだけだから気にしないで」とどこ吹く風。わたしもどこかでそんな彼のやさしさに甘えていたのだと思う。
ささやかな飲み会の日も、彼は「家まで送っていくよ」といっしょに帰ってくれた。中身のない、どうでもいい会話のキャッチボールは延々と途切れることがなく、わたしはとても楽しかった。だからなんとなく、もうちょっとだけ彼と話していたくて、マンションのエントランスの前で「寄っていく?」と聞いてみた。彼は迷わずうなずき、「聞いてくれて助かった、いつ切り出そうかと思ってた」と言って笑った。「わたしって、ほんとうに都合のいい女なのね」とわざと大きくため息をつきながら、オートロックを解除して彼を迎え入れた。「ごめんね」と悲しそうに謝る彼のこと、どうしても突き放すことができなかった。

ずるいのはわたしもいっしょだ。わたしは、彼のわたしへの気持ちを利用して寂しさを埋めたかった。彼の腕の中にいるときだけは、嘘でも誰かに愛されている実感と充足感を得られた。だけど、真夜中にひとりでおうちに帰っていく彼を見送ったあと、ひとりでベッドに戻るときの虚しさといったらーーー。
彼の愛すべきひとはわたしじゃない。わたしたちはお互いに寂しさを紛らわせるためだけの都合のいい関係で、それ以上でも以下でもない。抗いようのない事実に胸が疼いて、苦しくて、眠れなくて、誰にも言えない悪いことをしている自分が大嫌いになって、「あぁ、もうやめよう」と何度も考えながら結局また彼の夢を見た。

東向きの寝室。朝日が眩しくて目が覚める。
秋だ。札幌のまちは連日秋晴れの空が広がっている。どこまでも澄んでいて、美しくて、切なくなるほどの青を見上げながら、わたしはこれからの身の振り方を考える。
だいすきなこのまちで、だいすきな季節に、だいすきなひとと、堂々と並んで歩けるような恋がしたかった。人目を偲んで逢瀬を重ねるような、そんな恋はしたくなかった。
「もうやめよう」と、たったその一言を言える勇気がほしくて涙が出た。「女の子は泣かせちゃいけない」って彼はいつも言うけど、彼の前ではどうしても泣けない。素直じゃない。いっしょにいたい。終わりにしたい。矛盾した気持ちがぐるぐるとめぐる。めぐりめぐって、どうしようもなくなって、やっぱりわたしは、ベッドの上から空を仰ぐ。
彼のぬくもりはすっかりとけてなくなっていた。それでも、くちびるにぽってりと残った感覚だけは鮮明で、わたしは朝から身悶える。顔を洗って、洗濯をして、お弁当を作って、ごはんを食べて、洗い物をして、ベッドを整えて、着替えて、メイクをして、香水を振りかけて…といういつものルーティンもなんだかぎこちない。玄関で靴を履きながら、ゆうべ、去り際の彼の腕を掴んでそっとキスをしたことを思い出し、わたしはなんだかまた恥ずかしくなった。

風が冷たい。羊雲が群れている。朝の喧騒に包まれたまちと規則正しいヒールの音が、すこしずつわたしを今日に向かわせる。いつまでも昨日を反芻していたかったけど、でも、やっぱり無理みたいだ。それでいい、と自分に言い聞かせて会社に向かう。冷えた指先をポケットに忍ばせながら。今日やるべき仕事をひとつずつ考えながら。ときどき、昨日を思い出しながら。

そんなふうに、わたしはうしろめたい毎日を過ごしている。