midnight blue

初めて会ったときからずっと苦手な先輩だった。恐ろしいほど仕事ができて、頭の回転が早くて、直截的なものの言い方が怖くて、たったひとつしか年齢が違わないとはとても思えなかった。
今年度に入って一緒に仕事をするようになった。最初はどうしようもなく嫌だったけど、でも、いつからだろう。彼はわたしに一目置きはじめ、ある時期を境になんだかとても話しやすくなったのを感じた。
真夏の暑い日、ふたりで現場に赴くことも多かった。現場の日は一日中ふたりぼっちだったから、ほんとうにいろいろな話をした。彼と話すのは楽しいな、と思った。頭がいいから、わたしが何を言っても上手に拾ってくれるし、笑わせてくれるし、同世代だからこその話もできたし。現場は暑かったけど、しんどかったけど、彼は「君とだから暑くても嫌にならずに現場に出かけられる」とそう言ってくれて、それはわたしも同じ気持ちだった。ミスチルが大好きで、観葉植物をたくさん育てていて、「やっと君との共通点が見つかったよ」と無邪気に笑う彼に、ほんのすこしの痛みを感じながら。

昨日、久しぶりに現場での仕事だった。帰り際に「ごはんでも行こうか」という話になったのだけど、世間は緊急事態宣言中で目ぼしいお店はやっていなかった。「君の家で飲むのはどう?」と言われて二つ返事でOKしたのは、彼にはその気がないと信じて疑わなかったからだ。何かが起こるなんて一ミリも想像できなかった。だって毎日、彼は子煩悩で愛妻家の顔ばかり見せていたから。
それなのに、突然、「一緒に仕事するようになって、何度かふたりで現場に出かけて、君の人となりを知るにつれて好きになった」と言われた。「薬指に指輪をしながらそれを言うのはずるい」と怒ると、それで何が変わるわけじゃないのに彼はそっと指輪を外した。

夏の終わりの、きっと一夜限りの“過ち“。わたしは、いつかのあの日とまた同じようなことを繰り返してしまった。「君のことがすきだよ」「君には幸せになってほしい」とわたしを真っ直ぐに見て言ってくれた彼が、躊躇いなくわたしを不幸せの極みに連れていった。
空が明るくなったころ、彼はわたしに名残惜しそうなキスを落とし、薬指にきちんと指輪をしてから、家族が待つ家に帰った。奥さんからのLINEにどう返事をしたのかわからないけど、「また、会社でね」と言いながら背を向けた彼にひらひらと手を振るわたしはもう何も考えたくなかった。彼ではなく、他でもない自分に嫌気がさし、朝日が差し込むベッドの上でひとりぼっちを味わい尽くした。

大人になるってこういう狡さを身につけることなのか、それとも、その場の雰囲気に流されない、揺るぎない強さを持つことなのか。もう、こんなことばかり続けたくない。恋をするならいい加減、ちゃんとした、プラトニックな恋をしたい。