飴色

もうなんだかわけがわからない。

朝の通勤の途中、信号待ちをしているすきなひとを見つけて声をかけた。彼に会うのはとても久しぶりのような気がした。週末に泣き腫らした目はすっかり元通りだけれど気持ちはそうでもなくて、どんな顔して彼に会えばいいかと悩み、声をかけたはいいものの顔を合わせづらかった。うつむきながら自転車を押して歩いていた。話したいことはたくさんあったのに、何から話せばいいかわからなかった。
そんなとき、「はい、これ」と不意に手渡されたのは、福岡にはない某百貨店の薄い紙袋。「なにこれ」と聞いたら「おみやげ」だと彼は言う。そっと覗いてみると、あらいぐまラスカルのクリアファイルが入っていた。週末、東京都内の某百貨店で催されていた展覧会のおみやげらしい。「この前、ラスカルのTシャツを見つけたときすごく喜んでたから」と言われ、あのときのことだとすぐにピンと来た。「ありがとう」とお礼を言って、かばんの中で折れてしまわないように大事に大事にしまった。

展覧会の特設ショップのようなところでラスカルのクリアファイルを見つけた彼は、きっとラスカルの描かれたTシャツを手にはしゃいでいたわたしのことが頭を過ぎったんだろう。それがよかったのか、うれしいことなのか、わたしにはよくわからない。「君からはいつもおみやげをもらってばかりだからね」と笑いながらごまかす彼。でも、それがたとえすきなひとじゃなくたって、仲の良い友達や先輩や後輩にだって、彼ならきっとそうする。だって彼はそういうひと。
うぬぼれるなバカ!と自分に喝を入れたばかりなのに、タイミングよく“飴玉”をくれる彼にわたしはいつも翻弄されている。期待しちゃダメかなぁ。こんなことされたら期待しちゃうよなぁ。それなのに「20代は恋愛対象として見れない」とか「社内恋愛はありえない」とか言われるたびに落ち込んで、彼の隣に彼のすきなひとがいることを知っては吐きそうなくらい嫌な気持ちになる。遊ばれてるのかな、と思う。なんだか悔しいな、とも思う。
明日から再び出張で横浜に行くわたしは、とても久しぶりに彼のすきなひとに会う約束をしている。彼女はわたしに会うために夏休みを取ってくれるという。相変わらずうつくしくてやさしくてすてきなひとなんだろう。彼女に会うと、わたしは必ず「あぁ、このひとには絶対にかなわない」って落ち込むんだけど、でも、彼女に会えることが今はすごく楽しみ。彼のことも、彼のすきな彼女のことも、わたしにとって“大切なひと”ということに変わりはない。

金曜日には福岡に戻るけど、週末は何も予定を入れていない。「8月はどこに行く?」と彼に聞いたら「どうしようかな」って言ってた。「暑いからあんまり出かけたくない」とも言ってた。何よそれ、こないだと話が違うじゃない!と思ったけど、何も言わなかった。言えなかった。
彼から「会おうよ」なんて連絡が来たらいいなと思うけど、そんなこと99%ないだろう。このままだと、わたしまた彼に「会いたい」って言っちゃいそう。だって会いたいんだもん。会いたい。会いたい。でもね、こんなに会いたいのもわたしだけ、彼はそんなふうに思ってない。自分に言い聞かせるようにここにもしたためておく。彼がくれる“飴玉”もいつまで続くかわからない。舐めてしまえば一時の甘さ、それにすべてを委ねるわけにはいかないの。

胸が締め付けられるように、痛い。