涙色

早起きをした。昨日のことは心も体も引きずったままで、食欲はなかった。食パンにヌテラを塗って、牛乳といっしょに流し込んだ。洗濯をして、布団を干して、掃除機をかけて、午前中は整体の予約を入れていたからメイクをして横浜まで出かけた。外はとても天気が良かった。彼は今日はテニスだと言っていた。「絶好のテニス日和でよかったね」と、心の中で彼に話しかけた。

いつも担当してくれている整体師さんに「最近何かいいことありましたか?」と不意に聞かれたんだけど、何も思いつかなかったし、頭の中は常に昨日のことで頭がいっぱいで、なんだかそっけない返事をしてしまった。あまりにも元気がないように見えたからかな、整体師さんは帰り際に「沖縄に行ってきました」と沖縄限定のハイチュウ(パイナップル味)をくれた。
横浜で寄り道することはなく、そのまま自宅の最寄りの駅に戻り、スーパーで買い物をして帰宅。持ち帰った仕事を進めなくちゃいけないのに、気分が優れず、お腹も空かず、テレビを見ながら少し眠った。料理でもしようかとキッチンに立った瞬間、箍が外れたように涙が込み上げてきて、その場に崩れ落ちた。
久しぶりに泣いた。自分でもびっくりするほど泣いた。履いていたジーパンがぐっしょり濡れるほど泣いた。隣人にすべて丸聞こえじゃないかと思うくらい、声を上げて泣いた。
あぁ、わたし泣きたかったんだな、と思った。

母に電話をかけてみた。7コール目くらいで出てくれた。「今、夕飯食べてたよ」とか、「今夜はさんま焼いたよ、1匹98円だったの。安いしょ?」とか、こちらが何も言わずともいろいろ話してくれた。「あんたは何してたの?」と聞かれて「何もしてない」と答えたら、「一人暮らしは気楽でいいねぇ」と言って笑ってた。いつもどおりの母の声にまた泣けてきた。泣きながら母に電話したことなんて今まで一度もなかったから、母はひどく驚いていた。
「仕事で何かあったの?友達とケンカしたの?誰かにひどいことでも言われたの?」と、思いつく限りの泣く理由を並べていたけど、最後に「失恋したの?」と聞かれた。一度は否定してみたものの、「まぁ、そんなもんかな」とこぼしたら涙が止まらなくなった。
母にこんな話をするのも初めてだった。母は母なりに最大限の励ましをくれた。「きっとまたいいひとに出会えるよ」と。「女の子はね、自分がすきになるひとじゃなくて、自分をすきになってくれるひとといっしょにならないと、うまくいかないんだから」と。「そういうひとに出会えなければ結婚なんてする必要ないんだよ」と。「ごはんを作りたくなかったら、何かおいしいものを買ってきて食べなさい、そしたらどうでもよくなるから!」そう言って笑う母の声を聞いていたら、久しぶりにお腹がぐぅと鳴った。なんだかわたしもつられて笑ってしまった。

電話を切って、涙で崩れたメイクも直さず、財布だけ手に取って家を出た。
夜の帳が下りた街をのんびり歩く。コンビニで夕飯を買った。歩きながら、こぼれる涙はそのままにしていた。濡れた頬をすこし冷たい風がやさしく撫でる。秋だなぁ、と思う。
彼に会うかもしれなかった3連休は、思い切って仙台に行くことにした。彼についた最初で最後のウソは、これでほんとうになった。コンビニのごはんはあまりおいしく感じなかったけど、無理やりにでも飲み込んだら、なんだか少し元気が出てきたような気がする。

きっとすぐには忘れられないから、なかったことにはできないから、上手に飲み込める日が来るまでたくさん泣いて過ごそう。明日を、あさってを、その先を、笑って過ごすための涙ならもったいぶらずにたくさん流そう。こんなにもすきだったんだな、って、そう思える今がいい。

あぁ、そういえば、泣きながらでもいいから仕事しなきゃな…