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今にも雨が降り出しそうな蒸し暑い土曜日の午後。3ヵ月ぶりに彼に会った。
彼は少しも変わっていなかった。ちゃらんぽらんで、優柔不断で、ちょっとエッチで、食べものの好き嫌いも相変わらずで。でも、わたしといっしょにいる間は一度もたばこを吸わないところや、ひとにやさしすぎるところは、最後に会ったあの日のままだった。
彼の買い物に付き合って、デパートやショッピングセンターをひやかして、本屋さんをぶらぶらした。出版社のカメラマンなだけあって、彼はいろいろな本を知っているし、写真にまつわるエトセトラの話もとても興味深いものばかり。カフェに入って一息ついて、夕食にはおいしいカレーを食べた。
外は強い雨が降っていた。

「腹ごなしに少し歩こうか」と彼が言うから、閉店間際のデパートをのんびり歩いた。少しずつ彼との距離が近くなる。パティオのソファに腰を下ろして、なんてことない話をした。彼の体温が薄着の袖をとおして伝わってくるからどきどきして、わたしは少しの沈黙が怖かった。
デパートを出ると雨が上がっていた。「もう少し歩いて帰ろう」と、彼は駅と反対側に歩き出した。お昼間に同じ場所で作られていた氷のオブジェが、ほのかな明かりに照らされてきらきらと光る。きれいだなぁ…と見とれていたら、ふと、彼がわたしの手を取った。中途半端な恋人つなぎ。わたしはされるがままだった。彼と、久しぶりに手をつないで歩いた。デートの終わりの別れ際に手をつなぐなんて、彼はほんとうにずるいひとだ。
「もうすこし一緒にいたい」と言えたらよかった。でも、「うちにおいでよ」という彼のお誘いを丁寧に断った手前、そんなこと、口が裂けても言えなかった。

「また会おう」の約束が叶うのはいつになるだろう。そんなことを考えながら、わたしは右手にやわらかく残る感触を確かめている。やさしいのか、本気なのか、遊ばれているだけなのか、彼がわたしのことをどう思っているのか、結局何ひとつわからなかった。

やっと会えたね——3ヵ月越しの「会いたい」が叶った瞬間。
わたし、ほんとうは、彼にそれを伝えたかった。