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夜9時を回り、ひともまばらになった社内。すこしも片付かない仕事の山を前にして、さすがに泣きそうになった。
ここのところ、もう、毎日笑っちゃうほど忙しい。まさに「あっという間」に一日が終わる。このまま2月が過ぎ、3月号の締め切りが迫り、九州出張と宮城出張をこなしつつ、大学の会社説明会にも出席し、かと言って面倒な事務作業を溜め込むわけにもいかなくて…仕方がないから、3週連続の休日出勤も振替休日はないものとして押し通す。
働き方改革ってなんだろう?だってわたしは、自分で作ったごはんをもう何日も食べていない。

静まり返った執務室。カタカタとパソコンのキーボードを弾く手を止めて、ぼんやりと考え事をしていた。「早く帰りたい」と「仕事が終わらない」の狭間で、一日中フル回転していた思考が停止してしまった。しばらくそのまま動けなかった。どうすればいいのか、わからなかった。
その瞬間を察したように、机の上に放り出していた携帯が短くバイブした。東北に出張中の先輩からのLINEかな、と思って手に取ると、久しぶりに45歳のあのひとからだった。明日、東北沿岸部の取材をお願いしている関係で、今夜から現地に入っているらしい。みんなでおいしそうにごはんを食べている写真が送られてきた。
「みんなが君のことをほめていたよ」と彼がこっそり教えてくれた。ほめられるようなことは何もしていないし、酔っ払いの言うことだから話半分で聞いておこうと思うのだけど、そう言われるとやっぱりちょっとうれしくて、舞い上がっちゃって、最近の怒涛の忙しさもなんとか乗り越えようと、すこしだけ前向きな気持ちになれた。

あれから1カ月。彼と連絡を取ることもなかったし、彼について考えることも少なかった。不意につないだ手のぬくもりだって、もう、きれいに忘れてしまった。「今回の取材は君がいないから残念だ」とか「恵比寿においしいお店を見つけたから今度行こう」とか、今日はそういうことをとても久しぶりに彼に言われたんだけど、彼の気持ちにはもう期待したくないなぁ…と思う自分がいる。でも、それでいいんだと思う。

春の生温い空気に思い出すのは、いつも、すきだったひとの横顔ばかり。
季節は巡る。巡り巡って、彼もそろそろ福岡から戻ってくるだろうか。