vanilla

仕事のメールで埋め尽くされた受信ボックスにふと飛び込んできたのは、懐かしいあのひとの名前。「いまさらだけど、あけましておめでとう」と、メールはそんな書き出しで始まっていた。いまさらも何ももう1月も終わるし、だいたいわたしが彼に出したのは年賀状ではなく寒中見舞いで、そこには「喪中だった」ときちんと書き記していたんだけどなぁ…と思いながらも、悔しいかな、わたしの気持ちはどこまでもまっすぐに正直だった。

ミスチルのツアーが始まるんだって!」と、わたしは彼に宛てたはがきに書いた。「またLIVEに連れていってほしい」というおねだりも添えて。でも、半分あきらめていた。ふったふられた関係の女の子なんて、彼だってめんどくさくてわざわざ誘ったりしないだろうと思ってたから。
でも、違った。「6月の東京ドームで申し込むつもりだけどいいかな?」というのがメールの本旨だった。彼の本心など知る由もないけど、彼はいつも、わたしがふと口にした希望や願望をそれとなく叶えようとしてくれた。LIVEもそう。映画もそう。おいしいお店もそうだし、柳川も、水族館も、最後に連れていってくれた角島大橋だって、ぜんぶ、ぜんぶ、そうだった。

久しぶりに思い出した。
わたしは、彼のそういう律儀なところがとてもすきだった。

彼を想って泣くことも、彼に会えずに寂しいと思うことも、今はもうない。彼には、彼のすきなひととしあわせになってほしい。心からそう願うことができるようになった。苦くて甘い恋の終わりは思いのほかあっけなくて、どれほど引きずるものかと毎日涙に暮れていたのがウソのよう。でもね、こうしてきれいに終われたのは、あの日、勇気を出して彼にきちんと気持ちを伝えることができたからだと思うの。

会社の広報誌は無事に校了し、月末に発行を迎えた。年明けから続いていた怒涛の忙しさの終焉とともに、束の間の平穏が訪れた。
出来上がった冊子をぱらぱらとめくる。大阪には日帰りで取材に行った。都内の取材は天気に恵まれず寒かった。あの写真もこの写真もあのひとが撮った。どれもその場の雰囲気がよく伝わるような、やさしくてあたたかくてすてきな写真ばかり。「公私混同はしたくない」と、“すきだったひと”はことあるごとに言っていた。その気持ちが今ならよくわかるよ。
新しい恋の芽を無下に摘み取ってしまったのは間違いなくわたしだ。あの日、あのとき、こうしていたら…そんなことばかり考えている。「恥ずかしい」、そのたったひとことをどうして言えなかったんだろうと何度も後悔した。思っているだけじゃ伝わらない。考えているだけじゃ始まらない。相手に気づいてほしい、わかってほしいなら、自分の言葉を丁寧に紡いでしっかり相手に心に届けること。
覚えておこう。心掛けてみよう。それで未来が変わればいいと思う。