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言葉が持つ力は偉大だと知っているから、自分の語彙力のなさに顔から火が出そうなほど恥ずかしくなる。広告、チラシ、WEB、本の帯、CM、お店のPOP、本や映画や歌のタイトル。世の中にあふれる多くの言葉はどのようにして生まれ、どのようにしてひとのこころをつかむんだろう。
今、わたしは生みの苦しみの真っ只中にいる。プライベートで書く日記なら弾むようにキーボードを打てるのに、仕事となると途端にだめだ。ようやっと書き上げた原稿に思い切りダメ出しされ、涙目になるわたしを見て「けなしているわけじゃないんだよ」と先輩は言うけど、さすがにわたしだってそんなことは言われなくてもわかってる。先輩の指摘にいちいち「ごもっとも!」だと思う反面、言われないとそこまで突き詰めて考えられない自分が腹立たしくて、書くことがすきで多少なりの自信があるからこそ悔しい。でも、それだけで泣けてくるこの涙腺の弱さは反則だと自分でも思う。

たぶん、きっと、今がいちばんくるしいとき。でも、もうすこしがんばったら、この殻を破れそうな気がしている。分厚い雲の中をまっすぐに、雨粒に打たれながらしっかりと、雷鳴に驚いてもぜったいに逃げないで、わたしはその向こうに見えるはずの光を目指して一歩ずつ歩いていく。傘が折れても、足が濡れても、指先が冷えきっても、ときどき立ち止まって歩いてきた道を振り返ることがあったとしても。
わたしは、前を向いて歩くことを諦められないと思った。
書いたものを読むひとがいるということは、日記と違って、自己満足では終われない。ひとりでも多くのひとに「おもしろかった」「読んでよかった」と思ってもらえるような誌面を作ること。それが今のわたしの仕事。

ところで、週末は一眼レフカメラの講座とやらに出掛けてくる。カメラなんて趣味や道楽で終わると思いきや、今の仕事ではカメラを使うことも多く驚いているところ。横浜に越してきてからめずらしく予定が入っている週末、今から楽しみ。
気づけばもうすっかり秋で、衣替えをするような暇もなかったから着るものがなくて困っている。あぁ、あたらしい服がほしい。あたらしい靴がほしい。誰かに聞いてほしい心の叫びくらい、わたしにだってあるんだから。