黄金色

横浜に引っ越してきて、朝と夜、毎日2回は必ず電車に乗るようになったのに、電車が走るときの音に耳を澄ませたことはない。いや、こちらの電車は音も立てずにすーっと走っているのではなかろうか?と真面目に疑うくらいには、そのような音に無頓着なわたし。
通勤電車の乗客はみんな物静かだ。携帯電話を眺めているひとが8割、新聞を読んでいるひとと本を読んでいるひとと車窓を眺めているひととぼーっと突っ立っているひとを足して2割。周りを見渡せばだいたいそんなところ。周りがどんなに静かでも、電車は音も立てずに走っているような気がするのはなぜだろう。聴覚を研ぎ澄ませることよりも、汗臭いオッサンに触れたくないとか、目の前に立つオバサンの長い髪がうざったいとか、足に当たる誰かのカバンをいかにかわすかとか、そんなことばかり考えているのが大きな理由かもしれない。

がたん、ごとん、がたん、ごとん、がたん、ごとん…

電車が走る音というのはよくこのように形容されるが、北海道滞在中、汽車に乗って街へ出かけたときはまさにこの音の繰り返しだということに気が付いた。がたん、ごとーん、がたん、ごとーん。色づきはじめた木々の合間を縫うように、黄金色に染まる稲穂の絨毯を駆け抜けるように、広大なたまねぎ畑に積み上がったコンテナを横目に汽車は走る。
祖母の家からの最寄り駅も、この春、ついに無人駅になった。旭川や札幌までの特急券は、事前に近くの商店で買わなければならないらしい。「ここがどんなに田舎でも、近くに大きな温泉街があるから駅員さんもいるし、特急だって停車するのよ」とすこし自慢に思っていたけど、JR北海道はとうとうこの駅すらも見放そうとしている。

どこにも行かず、ただ祖母の家でのんびり過ごした長期休暇。7時起床、23時就寝は徹底的に守られ、テレビを見たり、昼寝をしたり、畑を耕したり、写真を撮ったり。息を吸う、眠る、食事をする、排泄をする、お風呂に入る、生きるための行動以外何もしなくても許される穏やかな時間はあっという間に過ぎてしまった。
天気は1日を除きとてもよかった。暑くもなく、寒くもなく、この時期にしてはめずらしい過ごしやすさだった。

タラレバばかり考えても仕方がないことだけど、あのときわたしはどうして北海道の大学を受験しなかったのか。あのときわたしはどうして就職先に北海道を考えなかったのか。それだけは今でも悔やんでいる。
今日から仕事に復帰したものの、まったくと言っていいほど使い物にならなかったのは「休み明けだから」ということにしておこう。