madonna blue

「かわいい!」と言われればお世辞でもうれしいし、「もう少しいっしょにいようよ!」と言われればそれもまた然り。この週末は大阪に出張していて、女の子の扱いに慣れているタイプの男性と飲む機会があり、こうしたくすぐったい言葉たちに図らずも胸がときめいてしまった。すきなひとにふられてから、こんな気持ちになったのははじめてのことだった。
このひととお酒を飲むのは2回目…だったように記憶しているけれど、ちゃんと会話をしたのは今回の出張が初めてかもしれない。わたしのすきなひとと同年代で、大人の男性の渋みがありながらもお茶目でかわいいひとだと思った。どちらかと言えばイケメンの部類に入るだろうし、とても魅力的で素敵なひとだと思うんだけど、たくさんの女の子と遊んでばかりで決まった彼女はいないらしい。(いや、彼女がいないのは“だから”なのかもしれない。)すきなひとと同年代のはずなのに、女性に対しての執着心のようなものは人によってこうも異なるのかと、なんだか当たり前のことをあらためて考えさせられた。
そんなことより、もはや20代や30代の男性にあまり興味がわかない自分が末恐ろしい…その年代の男性と出会う機会があまりないというのもあるかもしれないけど、決まって惹かれる(恋愛感情ではなく人間的に、という意味で)のはもっと年上のひとたち。年上がすきなのは昔からだけど、そこまで年が離れている必要もないのに…

実は、今回の出張は、4月に広報の仕事に就いてからはじめての独り立ちだった。いつもいっしょにいてくれた先輩がいないところで、正直どう立ち回るのが正解なのか迷う場面がたくさんあった。ともに動いてもらうパートナーの会社はその業界では最大手と言っても過言ではなく、メンバーも個性的な方が多いし、コミュニケーションがうまくいかない場面も多々見受けられた。
思い返せば反省点ばかり。でも、「こういうときはどうしたらよかったのか?」というのは、明日ちゃんと先輩に聞いてみようと思う。

最近思ったのは、わたしは、この仕事自体が嫌というわけではないということ。
ただ、何をするにも仕事が遅くて、判断力がなく、センスがなく、理解力も乏しく、余計なことをしでかし周りに迷惑をかける自分が嫌で、そんな自分をどうすれば変えられるのか、その方法がまったくわからない。
こんなわたしに、上司も先輩もみんながやさしい。ちゃんと育てようとしてくれているのを痛いほどに感じる。それなのに、そんなみんなの思いを自分の出来の悪さのせいですべて握りつぶしているような罪悪感。自分なりに頑張っているつもりが、することなすこと空回りしているように思えて途方に暮れることも多い。
苦しい。悔しい。だから、自分が消えてなくなっちゃえばいいと思う。
でも、逆を言えば、どんなにみじめでも、みっともなくても、わたしにはまだまだ頑張る余地があるということ。そういう土壌を、上司や先輩がちゃんとつくってくれているという事実。それに甘えるわけじゃないけど、「もう少しだけがんばってみようかな」って、そんなふうに思えるようになった。
自分のことが嫌いなら、自分のことを好きになれるように努力する。その努力すらせずにすべてを投げ出してしまうことは、努力することよりもずっとずっと簡単だけど、それでは上司や先輩に対してとても申し訳ないし、何より非常に失礼だ。そんなことにいまさらながら気が付いて、仕事に対して少しだけ前向きになれた。

目下の悩みは、自分が涙もろいこと。上司や先輩のやさしさにすぐに目が潤んでしまって、たぶん、少なくとも先輩はそんなわたしに気づいている。そしてまた気を遣わせてしまう。申し訳ないと思いながら、もはやこればかりはどうしようもない…

9月最初の日記。なんだかまとまりのない文章になってしまった。