薄紫

新聞やテレビや雑誌やインターネットで福岡の話題を見聞きすることを、わたしは異常なまでに避けていることに気がついた。
仕事も恋も全力で、楽しかった毎日を思い出してしまうからだ。
今のわたしが置かれたあらゆる状況と比較して、当時の自分に嫉妬してしまうからだ。
首都圏でせせこましく生きてゆくことに、わたしはまったく満足していない。朝夕毎日繰り返される激しい満員電車に乗って片道平均1時間程度の通勤を余儀なくされる首都圏と、自転車に乗ること30分程度の通勤で済むような“職住近接”が基本の福岡。同じ額面のお給料をもらっていながら、似たような条件で家を借りるとすれば、首都圏と福岡では家賃にも雲泥の差がある。わたしは何が楽しくてこんな都会で窮屈に暮らしているのだろう?と考えるも理由はただひとつ。自分の仕事がここにあるから。ただ、それだけだと思っている。さすがに今の仕事を手放す気はないし、今の仕事なくしてわたしは生きていけない。夢を見るにも限りがある。大人になった証拠だと思う。

福岡で過ごした2年間、思い返せば楽しいことばかりだった。これまでのわたしの人生で、たぶん、最も人間らしく一生懸命に生きていた。そんな日々がもはや過去でしかないことを、わたしは認めたくないのだと思う。そうであるなら、福岡での楽しかったことはぜんぶなかったことにしたいのだと思う。
福岡での生活を経験することなく今日まで来ていたら、わたしは決して現状に満足することはなくとも、ここまで強い反発心を覚えることはなかっただろう。今、「福岡にいたころと同じように一生懸命生きればいい」と思うことだってもちろんあるけど、首都圏と福岡では環境があまりにも違いすぎる。それは外的要因からなるものがほとんどであって、自分の努力ではどうにもならないことばかり。居心地のよい場所で仕事にも恵まれて、たった2年間だったけど、わたしにとってはしあわせな2年間だったことを心底思い知らされた。

すきなひとに会いたい。でも、連絡する勇気がない。「今年の夏休みこそ、いっしょに天草に行こうね」と約束したけど、きっともう忘れてるんじゃないかな。
あの日、あのとき、彼に「すき」だという気持ちを伝えても、伝えなかったとしても、わたしは今感じているのと同じように後悔したと思う。「言えばよかった」も、「言わなきゃよかった」も、自分の都合のいいように小さくつぶやいて、終わったことは仕方がないのだと無理やり納得させるだけ。
この数ヶ月、満足できないことばかり。何が足りていないのか、自分でもよくわからない。興味があることを手当たり次第に始めてみようか。大枚をはたいて欲しいものをすべて手に入れてしまおうか。彼よりすきになれるひとを見つける努力をしてみようか。どうしたらこのスパイラルから抜け出せるのだろうか。

と思っていたところに、父が救急車で運ばれたとの報せが届き、急遽今日まで仙台へ行っていた。絶飲食でやせ細った身体でありながら、確実に元気を取り戻しつつある父の姿に安堵する。首都圏と仙台は近い。新幹線で駆けつけても安いし早い。なんとも皮肉な理由ながら、「福岡にいなくてよかった」と、横浜に引っ越してきてから初めて思った。
人生なんて、そんなものなのかもしれない。