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3月とはとても思えないほど寒い夜だ。冷たい夜の帳に瞬く星、吐く息がそれらをすべてきれいに霞めてしまう。あの夜もこんなうつくしい星空だったと、そういうことはとても簡単に思い出すことができるのに、なぜだろう、すきなひとの顔だけはどうしてもはっきりと思い出せないなぁ。

わたしにはわたしの暮らしがあるように、彼には彼の暮らしがある。
それは、至極当たり前のことなんだけど、たとえば、会社で彼のスケジューラをぼんやり眺めているときに、就業時間後にシークレットのスケジュールが入っているのを見つけて「あぁ、誰と約束してるのかな」とか、中途半端な時間の休暇が入っているのを見つけて「あぁ、どうして休むんだろう」とか、月曜日や金曜日に休暇が入っているのを見つけて「あぁ、この週末は埼玉で何の予定があるのかな」とか、考えちゃうんだ。知りたくて、気になって、もどかしくて、たまらなくなるんだ。
今日はそういうことが立て続けにあった。それだけでも結構へこんでたのに、残業中、彼がどこかのお店に電話をかけて「明日の夜」に「ふたり」分の席の予約をしていたのを耳にしたときには、もうほんとうにどうにかなっちゃいそうで、気づいたらわたしは歯型がつくほど思い切り指を噛んでいた。歯も、指も、痛くも痒くもなかった。ただ、ただ、胸が苦しいだけだった。
百歩譲って、ここが埼玉ならね、彼にだってふたりきりで会うひとくらいいるだろうと(ショックだけど)諦めもつく。しかたないよな、って思う。でも、ここは福岡なんだ。彼もわたしも、仕事がなければ縁もゆかりもない場所だ。彼はいったい誰と会うんだろう?どうして“ふたり”なんだろう?彼、わたしとふたりで会うときには「自分は誘われた側だから」とお店だってろくすっぽ選んでくれないくせに、そんな彼がはりきってお店の予約までしちゃうくらいに“たいせつなひと”なのかな?
クエスチョンばかりが頭上をぐるぐるして、相変わらず胸は苦しいばかり。聞きたい、聞いてみたい、でも、できない。

冷静に考えれば、彼とふたりで会うひとが女性か男性かも謎だし、そもそも「彼女なんていないよ」というのが嘘かもしれないし、わたしはもうぜったいに叶わないような恋をしているに過ぎないかもしれない。
違うの。安心したいの。「まだ彼のことすきでいていいよ」という確証がほしい。
わたしはずるいよ。ずるい人間だよ。自分の気持ちを彼に伝える勇気がないくせに、外堀から埋めていこうとするからこういう思いばかりする。誰かに「だいじょうぶ」と言われたところで彼の気持ちはわからないのに、誰かに「だいじょうぶ」と言ってほしくて遠回りばかりしてる。ううん、違う、逃げてるだけなんだ。ばか、ばか、ばか。

3月のはじまりの日、ベッドにもぐったら覚悟を決めよう。
たくさんの「さよなら」が近づく季節はなるべく笑顔でいたいと思う。