空色

過去の栄光の話かもしれないけど、わたしは都立のいわゆる進学校と呼ばれる高校に通ってた。中学校まで勉強がよくできたわたしは、その高校に進学して文字どおり打ちのめされることになる。周りの友人たちは、一を聞いて十を理解し、それを百にも千にも応用できるひとたちばかりだった。信じられなかった。高校でのわたしの成績は、間違いなく下から数えたほうがはるかに早かった。
小さいころから父の転勤について歩いた。友達を作るきっかけはいつだって“転校生の女の子”という色眼鏡で見てもらえたから。そのせいか、わたしは昔から自分で友達を作ることが苦手だった。高校に進学したときもそう。決していじめられてたわけじゃないけど、クラスになかなか馴染めずに教室のすみっこでいつもおとなしく過ごしてた。頭がよくてスポーツもできて男女隔てなく楽しそうに笑って華やかな高校生活を送るようなひとたちからは一定の距離を保っていたし、保たれていたんだと思う。勉強もできない、友達も少ない、もちろん彼氏だなんてさらさら縁がなく、わたしは高校生活を「楽しい」と思ったことはあまりなかった。

明日、すきなひと(と同期)がわたしの家に来るっていうから部屋を片付けていた。すると、本棚の奥のほうから、高校を卒業するにあたってクラスで作った手づくりの冊子が出てきたので、ちょっと懐かしくなってぱらぱらとめくってみた。表紙は当時流行っていたリクルート社の『R25』を模したもので、2年生、3年生の思い出を時系列で書いたページからはじまり、41人のクラスメイトと担任の先生のプロフィール帳(フォーマットは誰かが手描きで作ったようだ)、後半には『A組なんでもランキング』と題して、いわゆる“○○なひとと言えば?”をみんなからのアンケートを元に順位付けした企画モノ。
久しぶりに読み返してみたらおもしろかった。当時のわたしは今と変わらずミスチルがだいすきで、絵のタッチも自分で書く字にもほとんど変化なし。“将来の夢”の欄に「子どものこころを治すお仕事がしたい」とあったけど、それだけが今と違った。ちょうど10年前の今ごろ、受験勉強の片手間に書いていたんだろう。そう思うと実に不思議だ。
驚いたのは、その『A組なんでもランキング』に自分の名前がいくつも登場していたこと。栄えある1位はひとつもなかったけど、「結婚したいひと」に2位とか、「天然なひと」に2位とか、「良いママになりそうなひと」に2位とか、他にもいくつか自分の名前を見つけて意外だった。クラスの中でもあんなに目立たない存在だったのに、クラスメイトの何人かはわたしの名前を思いついて書いてくれたんだろう。卒業式の日、この冊子を見てもなんとも思わなかったのに、意外とみんながわたしのことをちゃんと見ていてくれたような気がして、いまさらだけどとてもありがたいことだと思った。

今日は午前中に美容室に行って、ついでにTSUTAYAでCDを借り、スーパーに買い物に出かけて来週の分のおかずを作り置きした。借りてきたCDを聴きながら3時間もキッチンに立ってたみたい。最近、野菜の値上がりが甚だしくて困ってしまう。
福岡は久しぶりによく晴れて、とても気持ちのいい休日だった。