桃色

すきなひとに会うのはほんとうに久しぶりだった。
「久しぶり。」「すごく久しぶり。」
「あけましておめでとう。」「今年もよろしく。」
「年賀状送るならちゃんと自分の住所を書きなさい」「ごめんね」
「そういえば誕生日おめでとう。」「28歳になったよ、ありがとう。」
新年明けて半月も経ってるのになんだかおかしな話だけれど、グラスを傾け「かちん」と鳴らし、今年はじめてすきなひとと乾杯をした。よく食べ、よく飲み、よく笑う。何も違わない。何も変わらない。彼、「楽しい」って言ってた。わたしも楽しかった。それが一番、うれしかった。

「関東に戻れそう?」と聞いたら、「まだわからない」って。戻りたいけど、なんだか引き続き福岡で三年目もありそうな気がする…と、彼は弱気な発言を繰り返していた。わたしはどうだろう。「この前、長崎や熊本に出張に行ったのも部長の計らいらしいから、君は関東に戻るんじゃない?」なんて彼が言うの、ちょっと信憑性ありそうで怖い。あと少しの間、どきどきしながら待っていよう。
検査の結果が良性だったことも伝えることができた。「よかったね」って、彼もよろこんでくれた。「僕は医者じゃないから詳しいことは知らないけれど、悪性に変わることもあるのかもしれないし、ちゃんと定期的に病院で診てもらったほうがいいんだろうね」と話す彼の言葉に耳を傾けながら、実は彼もわたしのことを気にしてくれていたのだろうと悟った。心配をかけながらも報告が遅くなってしまったこと、話すきっかけがなかったとは言え、彼に申し訳ないと思った。
「28歳になったんだから、そろそろいいひと見つけなきゃ」とか「もたもたしてたらすぐに婚期逃しちゃうよ」とか、そんなふうに彼に言われることにももう慣れた。切なくも悲しくも寂しくもなんともない。そうやってからかう彼の隣で「今はあんまり興味ないの」って笑い飛ばすその瞬間、わたしは上手に嘘をつく。

帰り道、彼はいつものように駐輪場まで送ってくれた。「変な輩が多いから、気をつけて帰るんだよ」と言い残し、夜の街に消えてゆく彼に「ありがとう」と手を振った。とてもとても寒い夜、心だけはぽっと灯が点ったように温かい。

「3月に平井堅のLIVEがあるんだって。転勤が決まって引越しの直前かもしれないけど、いっしょに行く?」と彼に誘われ、わたしは迷わず「行く」と言った。最後かな。最後だろうな。困ったな。泣いちゃうかも。でも、最後の最後に彼とふたりきりで過ごせるのはとてもしあわせなこと。誰かを想って流す涙はきっと何よりも美しい。
胸をかきむしるほど彼に恋焦がれるような、今はそういう気持ちじゃないかもしれない。好きだけど、叶わない。好きだけど、届かない。そんなこと、とっくの昔にわかってた。どうしようもないんだ。諦めてるんだ。それでも好きだ。それだって、どうしようもない気持ちなんだ。
今日は午後から強い雨が降っていた。雨だれの音に耳を澄ませてまどろみながら、わたしは一日中、そんなことを考えていた。