月光

夏の終わり。曇り空。濁った海。食べそこねたかき氷。売れ残りの夏服。降り出した雨。味の濃いパスタ。棘のある言葉。苛々しているのが手に取るようにわかる。痛い。怖い。逃げ出したい。百年の恋も冷めるようなつれない態度にわたしは涙も出なかった。
「今日はバスだからここで、」と言って、「ありがとう」じゃなくて「すみませんでした」と言って、お店を出てすぐ逃げるようにして彼と別れた。バスに乗り込んでから「疲れているのに無理に誘ってごめんなさい」とLINEを送り、そしてもう二度と自分から連絡することはないだろうと思った。「こちらこそ失言ばかりで失礼しました」なんて返事が来たけど、そうじゃない。いい歳した大人の男が勘違いも甚だしいし、心にもない謝罪の言葉は聞くだけ無駄だ。バスを降りて、雨の中、傘を差して歩いて帰った。郵便ポストを覗くとPostcrossingで出会った台湾人から「ペンパルになろう」とカードが届いていて、わたしもさっそく返事を書いた。

いやはや、実にくだらない。そろそろ旅の仕度をしよう。ためこんだ仕事も片付けよう。簿記の勉強もしなくちゃ。映画も観に行きたいし、新しい靴もほしいな。こんなところで立ち止まってる場合じゃないんだぞ、と自分を奮い立たせて生きる。生きるために歩く。歩くために前を向く。

雨は降り続けている。少し冷たい風が部屋の澱んだ空気をさらう。もう1時半になるのね。これから眠って、目が覚めて、朝になれば「やっぱりまだ好き」と思うのか、「もうどうでもいい」と思うのか。そして一週間後、一ヵ月後、結局わたしは彼に対して何を思っているだろう。何も思っていなければいいな。「そんなこともあったね」なんてすべてを笑い飛ばせる日がくるといいな。雨降る深夜に、ただ、それだけを願っている。

おやすみなさい。いい夢を。