曙色

今日、すきなひとを誘ってお昼ごはんを食べに行った。
久しぶりに彼に会ったのに、彼に会いたくてお昼ごはんに誘ったのに、わたしは上手に笑えなかった。先日から尾を引いている揉め事の渦中にあって、なんだかとてもいらいらしていた。「元気がないね」「疲れてるんじゃない?」「だいじょうぶ?」と彼はしきりに心配してくれたけど、わたしは「いつもどおりだよ」「疲れてないよ」「だいじょうぶ」と、ぎこちない笑顔で強がることしかできなかった。愚痴を言ってもまともに取り合ってくれないだろうという諦めが半分、でも、少し気を抜けば、わたしはやさしい彼の前で子どものように泣いてしまいそうだった。
「東京にいるほうが元気そうね」と彼に皮肉を言った。「淡々と用事を済ませるだけだから楽しくない」と彼は言った。「子猫ちゃんは元気だった?」と尋ねたら、「僕は猫はきらいだ」と反論された。「何か楽しい話をしてよ」と無茶ぶりすると、彼は「そうだなぁ」と考えはじめた。会話に困ったときはいつも、わたしは彼に「何か楽しい話をしてよ」とせがむんだけど、そんなときたいてい彼は「楽しい話なんてありませんよ」と言ってはぐらかすのに、今日は違った。わたしの様子が明らかにおかしいと思ったからだろう。「土曜日に六本木の森ビルに出かけて、そこで東京タワーの写真を撮ってきた」と携帯でそのときの写真を見せてくれた。
その瞬間、わたしは、このひとのことがたまらなくすきだとあらためて思った。

でも、どんな理由であれ、わたしから誘っておきながら彼につれない態度を取ってしまったことはとても反省している。彼に嫌な思いをさせてしまったかもしれない、彼に気を遣わせてしまったかもしれない、最悪だ!と、自分をぎりぎりと責めている。
だいすきなひとに会っても一事が万事この調子なら、「このままがんばりつづけたら、わたしはいつか破裂しちゃうかも」と直感的に思い、今日はすべての仕事を投げ出して帰宅した。それでも、会社を出たのは19時前。少しずつ日が短くなってきたけど西の空はまだほんのり明るくて、こんな時間に家に帰るのはいつぶりだろうかと考えても思い出せない。

彼に会えてうれしかった。でも、どうしてわたしはその気持ちをまっすぐに表さなかったんだろうと後悔した。「ごめんなさい」と言おう。「週末、いっしょに遊ぼうよ」と言おう。もっと、ちゃんと、素直になろう。「すきです」って、今はまだ言えなくても、わたしは彼のとなりで笑っていたい。
お昼ごはんを食べ終えてお店を出ると、台風一過の青空が広がっていた。「夏が終わるね」「もう秋の空だよ」なんて彼と話をしながら会社に戻った。一時間はあっという間。でも、彼に会って話をして声を聞いて笑顔を見るだけで、わたしは少し元気になった。