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すきなひとといっしょにいると、ときどきとてもさみしくなるのはどうしてかな。となりにいても彼の心はここにあらず、そういうときは決まって“あのひと”のことを思い出しているのだろうと要らぬことを勘ぐってしまうからかな。
同じものを見て、同じ場所を歩いて、同じものを食べて、ふたりで笑っているとき、わたしをとおして“あのひと”を見ている彼に気づいてしまったら最後、わたしにはもうどうしようもない。すきなひとのとなりにいられるって、ただそれだけでうれしくてしあわせなことだと思ってたけど、となりにいるのにひとりぼっちでいるような気持ちになるの。全然、ぜんぜん、こころが満たされないの。
こんな苦い思いをしてまで彼といっしょにいることに何か意味があるのかしら。すきという気持ちただそれだけでここまでやってきたけれど、泣いて、縋って、「行かないで」と彼に言ったところで何が変わるわけじゃない。“あのひと”がいる限りわたしの出る幕はない。みんながしあわせになる方法は、わたしがおとなしく引き下がること。

行ってしまえばいいよ。ひとりで、どこへでも、すきなところへ、行ってしまえばいいじゃない。彼との約束なんかすべて反故にして、「あなたが煮え切らないからひとりで行ってきたわ」と高らかに笑い飛ばせばいい。
「来月は柳川に行こう」だなんて、そんな一年越しの約束をわざわざ覚えていてくれなくてもよかったのに。先週の日曜日、雨上がりのとてもいいお天気に「柳川に行ってしまおうかな」とほんの少しでも考えてしまったわたしの気持ちを、彼は何もわかってはいない。わたしから「柳川はいつ行くの?」なんて、もう二度と、絶対に聞かないんだから。彼がほんとうに行きたいと思ったら、いっしょに行くのが“あのひと”じゃなくてわたしでいいと思うなら、そのときに彼が決めればいいだけのこと。
これ以上、彼との思い出を増やしたくない。いっしょにいることでこんなにも傷つくような恋なんてこっちから願い下げだと、きれいに破り捨ててしまうのがきっと正解。それくらいのこと、わたしにもわかるけど。

3週間前のわたしなら、こんなことを考えながらめそめそ泣いていたけれど、今は平気。なんともない。とは言え、真夜中のひとりごとは収拾がつかなくなるから今日はこのへんにしておく。