月白

ちらちらと時計に目をやって、「あぁ、彼はもう空港にいるかな」とか「そろそろ飛行機が離陸したかな」とか「今どのあたりを飛んでいるだろう」とか「もう羽田に着いているかも」とか、考えるの。考えてしまうの。

滑走路を飛び立って福岡の街を俯瞰しながら、彼は何を思っただろうか。明日からはじまる9連休のこと、わたしの知らないひとと観に行く舞台のこと、わたしの知らない誰かと会う約束のこと、詰めに詰め込んだたくさんの楽しい予定のこと。ちょぴり残してきた仕事のことも頭を掠めたかな。ううん、もしかしたら、彼にとっての大切なひとのことで頭がいっぱいだったかもしれないね。やっと会える、早く会いたい、って、そんなふうに誰かを想いながら空の上で気ばかりが急いていたのかもしれない。
「九州に三年はいたくない」と言う彼に「わたしを置いて先に帰らないで!」と泣きべそをかきながら言い続けていたわたしだったけど、ここ最近はもう「あなたが先に帰ることになったら空港まで見送りに行ってあげる」と笑い飛ばすようになった。わたしはもはや根無し草のようなものだけど、彼のように帰るべき場所がちゃんとあるひとは一年でも早く帰るほうがいいに決まってる。だって、向こうに彼の帰りを待っているひとがいるかもしれないし、彼がいっしょにいたいと想っているひとがいるかもしれないし、そうであるならなおさら、彼は一日も早く戻るべきなんだ。

今日は久しぶりに彼をお昼ごはんに誘った。「連休がはじまったらあなたにもしばらく会えなくなる」とつぶやくと、彼は上手にはぐらかした。彼が銀行とコンビニに行きたいと言うから、手早く食事を済ませて早めにお店を出た。「連休、楽しんできてくださいね」と言って別れて、それが最後だった。

しあわせになってほしいな、と思う。彼にとっての大切なひとがもしもほんとうにいるならば、どうか、どうか、彼がそのひとにとっての一番になれるように、わたしもいっしょに神様にお祈りするから。「すきなひとがいるんだ」って彼がはにかみながら打ち明けてくれたらわたし、ひとりぼっちでたくさん泣いちゃうと思うけど、でも、涙が枯れたら一生懸命応援するよ。それくらいの覚悟で、彼のことすきだと思ってるんだよ。
ずるいね。許せないね。自分がなるべく傷つかないように、自分の気持ちをひたかくしながら彼の本心だけ探っているの。だったら「すき」だと言えばいいのに、どうしてかな。たった二文字のその言葉だけ、どうしても彼に言えない。

わたしも明日から9連休、今年は九州で過ごすことを決めている。すきなものを食べて、すきなことをして、すきな洋服を着て、たくさんのたのしいことに目を向けて、笑おう。「連休楽しかったよ!」って、埼玉から帰ってきた彼に胸を張って言えるように、彼が「うらやましいな」って思っちゃうくらいにたのしい連休にしよう。そんなふうに思います。
白くて美しい、だけどちょっといびつな丸い月がうつくしい夜です。