mimosa

あれから、すきなひとの姿を見かければちくりと胸が痛むくらいで、特に泣くようなこともないかわりに笑うようなこともなかった。水曜日は前々から決まっていた飲み会に参加せざるを得なかったけど、ほんとうは、彼とは顔を合わせたくないと思っていた。
朝の通勤時、彼を見つけても知らないふりをするようになった。ときどき一緒に行っていたお昼ごはんにも誘わなくなった。仕事上どうしても必要なときや飲み会の席では当たり障りない会話をするけど、それ以外で彼と話をすることもなくなった。
わたしは彼を避けて過ごしている。距離の置き方を間違っていることはわかってる。でも、今のわたしにはそうするより他に方法が見つからない。これまで積み重ねたちいさな約束だって、このまま消えてなくなっちゃえばいいと思う。

お昼休み、コンビニ弁当を片手にぶら下げて道を歩いていたら、彼が上司と歩いているのが見えてわたしはとっさにうつむいた。気づかないまますれ違ったことにしておこうと思った。そのあと、彼とたまたま会(ってしま)う機会があって、彼は「なんだか暗い顔をして歩いていたね」とわたしに言った。このひとは人の気も知らないで暢気なものだと思いながら、疲れているだけだと答えた。
疲れているのはほんとうのことで、別に嘘はついてない。仕事は年度末らしい忙しなさ、余計な業務は増える一方で、わたしはこの数週間日々苛々を募らせて過ごしている。公私共にうまくいかず、いよいよ感情が爆発しそうになったから、昨日は無理やり午後休を取って買い物に出かけた。靴がほしい、リュックサックがほしい、ステンカラーのコートがほしい。普段、物欲がなさ過ぎるわたしだって、買い物でストレスを発散したいと思うこともある。

だけど、やっぱり、こころのどこかで「すき」だと思っていて、「きらい」だと思い込む以上に「すき」だと思う気持ちのほうがはるかに大きいのは至極当然のこと。何も伝えないまま無理に終わらせようとして苦しい思いをするくらいなら、すべて伝えて笑ってさよならできたらいいと思うようになった。何もかも失うことくらい、とうに覚悟はできている。

沈丁花の香りがする。ミモザがしあわせの黄色い花をほころばせる。白木蓮の花が空に向かって咲いている。風は冷たいけれど、福岡にも春がやってきた。