wistaria

雨降りだけど暖かい一日だった。傘を差しながら、赤いテントがなくなった広場の横をひとりで歩いた。傘の向こう、曇天の空に油山の稜線がくっきりと浮かび上がっているのが見えた。思い切り息を吸い込んだら待ち遠しい春の匂い。
過去の記憶がひきずられるようにフラッシュバックして、なんだか泣きたくなるのはどうしてだろう。たくさんの出会いと、たくさんの別れ。春は、そういう季節だ。

テレビをつけたら東京マラソンの様子が流れていた。普段福岡では見ることができない東京メトロのCMを久々に見たと思ったら、聞き覚えのあるメロディーが流れてきたから驚いた。昨年末、すきなひととふたりで行った平井堅のライブで、平井堅自身が“2014年最も感銘を受けた歌”としてカヴァーしていたものだった。


“あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに
当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ
今痛いくらい幸せな思い出が
いつか来るお別れを育てて歩く”

冒頭の、このたった4行の歌詞にわたしは釘付けとなり、ライブから帰ったあとすぐに本家本元の歌を探し当てた。それがこの歌とわたしの出会いだった。なんだってどうしてわたしはこの歌をよりにもよって彼のとなりで聴いてしまったのだろうと思った。まるで自分のことを歌われているようで、ライブ会場であまりの衝撃に頭がくらくらしたことを今でもよく覚えている。

思い出して久しぶりにYoutubeで聴いた。呆然としながらメロディーを頭でなぞっていたら、ちょうど彼からLINEが届いた。なんてことはない。来週の土曜日、すきなひととハウステンボスのイルミネーションを観に行く約束をしているから、そのことについての話だった。
すきなひとのとなりで、美しく輝くいろとりどりの光を目にしたとき、「すき」のたった二文字さえ言い出せずに何度も飲み込んで笑うことしかできないわたしは一体何を想い、何を願うだろう。その手に触れたら、何が変わる?「すき」だと言えば、どう変わる?「出会いがあるから別れがあるのよ」と、幼い頃に誰かに教えてもらった。そのとおりだと思った。別れがつらいから出会わなければよかった、とは思わない。でも、彼とのことに限って言えば、出会わなかったもうひとつの道を歩いてみたかったような、そんな気もしてる。

わたし、こんなに彼のことをすきになるなんて思いもしなかった。