朽葉色

九州随一と言われる「酒蔵びらき」のイベントへ出かけた。会社の先輩(♂)と、わたしの同期(♂)と、そして、すきなひと、も、いっしょに行った。
500円で小さなお猪口を購入し、好きな日本酒を6杯選んで飲める。(たしか、遠く離れた越後湯沢の駅にもそんなお店があったような気がする。)イベント開場近くには酒蔵が多々存在し、このイベント開催にあわせてどこも酒蔵を開放しているらしかった。酒蔵では、そこで作られた自慢のお酒が無料で試飲でき、日本酒はもちろん、焼酎や梅酒や日本酒カクテルのようなものもあって、文字どおり、わたしたちは浴びるほどお酒を飲んだのだった。
わたしは久しぶりの日本酒に大いに酔っぱらい、足元はふらふらで呂律も回らず、それでも、次から次への手が伸びた。今思えばとても恥ずかしいことに記憶さえも曖昧だけれど、どれもとてもおいしいお酒だったことだけはよく覚えている。
お酒の力というのは怖いもので、わたしは人前であるにも関わらずすきなひとに甘えたがっていた。彼は何も言わずにそれを許してくれるから、わたしはますます調子に乗った。バスの中、彼の肩を借りて眠るひとときはしあわせに満ちていた。人混みに紛れてはぐれてしまいそうなときは、そっと彼の袖を掴んだ。(手を握る勇気はなかった。)ふと、このひとはどうして嫌がらないのだろう、と思った。思ったら最後、せつなくてくるしくてやるせない気持ちが波のように押し寄せて、幸福なわたしを傷だらけにした。

天神に戻ってきて、ワインバーで軽く飲み直した。世間はバレンタインデー、独身貴族で特に決まった相手もいないわたしたち4人。それがしあわせか否かということよりも、ああでもないこうでもないと笑いながら愉快な夜を過ごすことのほうがずっと大切だ、とわたしは思った。
先輩とすきなひとは地下鉄に乗って帰っていった。わたしは同期とふたりで駐輪場へ向かった。歩きながら「今日一日見ていたら気づいたと思うけどね、わたし、彼のことがすきなんだよ」と同期に打ち明けた。誰にも話さず、気づかれないように、こころのうちに秘めておくつもりだったこの気持ちだけど、酔っぱらっていたからかな、誰かに話したくて仕方がなかったんだ。
同期は何も言わずにただ聞いてくれた。それがうれしかった。でも、どんなかたちであれ、彼を「すき」だという気持ちにあらためて向き合ったわたしは、さっきまでいっしょにいたすきなひとにまた会いたくなってしまった。

自転車に乗って帰る途中、ふと見上げた夜空に冬の大三角とオリオン座を見つけた。福岡に来て、こんなに美しい星空を仰ぐのは初めてだった。今日は一日、とても天気がよかった。