champagne

「きっとあなたから連絡は来ないだろうな、って思ってたの」と正直に話したら、「そんなことだろうと思った」と彼に笑われた。久しぶりに見る彼の笑顔だった。うれしくて、たのしくて、くすぐったくて、でも、だれかをこころの底からすきだと想うことの切なさに、わたしは彼のとなりですこしだけ泣きたくなった。

木曜日にちらりと彼の顔を見たときにはとてもつらそうだったけど、昨日はいくらか調子が良さそうで、がらがらに枯れていた声もほぼ元通りに回復していたからすこし安心した。熱燗をおいしそうに流し込みながら話す彼はいつもより饒舌になって、めずらしいなと思いながらわたしもとても楽しかった。
とは言え、彼の気持ちが透けて見えるたびにチクチクと痛むわたしのこころは苦しいまま。そのたびにわたしは、うつむいて箸を動かしたり、困った顔で笑ってみたり、あれこれ誤魔化しながら彼の話を聞いていた。現実に向き合う勇気がなかった。もうすこしだけ、甘い夢を見ていたかったんだ。

ふと時計を見たらあっという間に23時を過ぎていた。ちょっぴり名残惜しい気持ちでお勘定をした。「熱燗を飲んだら身体が温まった」としあわせそうな顔で笑う彼に、わたしもつられて笑顔になった。
お店を出て、「バス停まで送るよ」と言われたけれど、「バス停の場所はわかっているから大丈夫」とつよがりを言ってその場で別れた。ひとりになった途端にすーっと冷たい風が街を通り抜けて、乗る予定だったバスがわたしを追い越していったのが見えた。わたしは後悔した。“もうすこしだけいっしょにいたい”と素直に言えたらよかった、と思った。
家に帰り着き、少し酔った頭でぐるぐるといろいろなことを考えたのだけど、お風呂に入ってベッドに横たわった瞬間、糸がぷつんと切れたみたいに深い眠りに落ちた。

彼がわたしを誘ってくれた理由が何であれ、わたしは、ただその事実だけでこんなにもうれしかった。