海松色

4ヶ月ぶりに訪れた仙台は、変わらずやさしい街だった。
事前の天気予報で、わたしが仙台にいる間は雨が続くと言っていたのに、4日間とも嘘のように晴れた。暑くもなく寒くもなく、毎日のように晩翠通りを渡り、定禅寺通りを歩きたくなるほどに気持ちのよい気候が続いた。母とふたり、海の方にあるアウトレットへ出かけて、3月に出席予定の結婚式のパーティードレスと、それに似合うパンプス、それからレースアップのショートブーツを買って、両手に大量の荷物を抱えながら福岡へ帰ってきた。台風16号の影響が心配されたが、帰りの飛行機がさほど揺れることはなかった。

飛行機が福岡空港に到着すると、小さな窓に雨粒がこぼれおちた。滑走路にひとつ、ふたつ、みっつ、シミができていく様子を見ながら、この雨がたった今降りだしたことを悟った。これから雨脚は強まるのだろう。明日まで休暇予定のすきなひとが、明日、無事に福岡へ帰ってこられることをしずかに祈った。
彼に会えない日が続いているけど、あまり「会いたい」とは思わない。密やかに想いながら、恋焦がれながら、いつか忘れてしまえたらいいと願うわたしは矛盾している。迷ったとき、寂しいとき、悔しいとき、悩んだとき、彼に甘えたくなるわたしを自分で律することはこれからもっと大事になる。だっていつまでも彼に甘えているわけにはいかないから。
彼とわたし、近づきすぎた距離を少しずつでも遠ざけてゆくことは、思ったよりも難しい。でも、ちゃんとしなくちゃ何も変わらない。「このままがいい」と思う反面、「このままじゃいけない」ということもわかっている。両極に揺れる自分の気持ちを天秤にかけたとき、今のわたしは、彼への想いを断ち切ることを選ぼうとしている。

雨ばかりの福岡、ほんとうはこんなところに来るはずではなかったと、やり場のない苛立ちを持て余す。「それならいっそ、彼と離れ離れになるほうがよかったのに!」なんて、福岡に来てから彼に助けられてばかりのわたしが言えるような台詞じゃない。でも、ときどき、そう思ってしまうことがある。
あの日、彼と肩を並べて歩いた仙台の街で、わたしたちが何を話したかなんてもうすっかり忘れてしまった。それでも、百貨店の先で、蒲鉾屋の角で、国分町の入口で、記憶の片隅にいるあの日のふたりを、わたしは今日も探して歩いた。
あの頃は、こんなにも彼のことをすきになるなんて思いもしなかった。