紫水晶

あの子が女の子といっしょにいるのを見た。見てしまった。
色が白くて、華奢で、ひと目見て「きれいだな」と思う女の子だった。急いで寮のエントランスに入っていくあの子のうしろ姿と、あの子が戻ってくるのをおとなしく待つ女の子。わたしはまったく気がつかないふりをして自転車を走らせ、近所のドラッグストアに向かった。
そんな場面に遭遇して「特になんとも思わなかった」と言えば嘘になるけど、別に「ショックで涙があふれる」というほどのことでもなかった。しいて言うなら「今度あの子に会ったら彼女のことを聞いてみよう」と思う程度のもので、きっとあの子が何か忘れ物をして部屋に戻ったのだろう、とか、あの子は昨夜から彼女といっしょにいたのだろうか、とか、これから彼女といっしょにどこへ行くのかな、とか、わたしがもう少し部屋を出るのが遅かったらふたりでいるところを目撃できたのに、とか、結構低俗なことばかり考えていた。
戸惑いながらたどり着いたドラッグストア。ストックの切れたハンドソープと台所用洗剤を買いたかっただけなのに、気づけばオータムカラーのアイシャドウやリップ、チークまで手に取ってレジに並んでいた。「誰のためのオメカシだろう」と、お財布から小銭を取り出しながらなんだか情けなくなった。

もっと情けなかったのは、この形容しがたいほろ苦い気持ちを、あろうことかわたしはすきなひとにぶつけようとしたことだ。

昨日から、彼に連絡をしようかどうしようかと散々に迷って、悩んで、結局やめて、今日もまた同じことを繰り返していた。
彼に会いたかった。昨日にも増して、彼に会いたい気持ちが募っていた。時刻は午後2時半、日曜日の昼下がり。「甘いものを食べに行こう」と誘うか「夜ごはんを食べに行こう」と誘うか、始めたばかりのLINEで連絡をするかいつもどおりメールで連絡をするか、そんなくだらないことで悩んでいるうちに1時間が経ち、2時間が経ち、気づけば気持ちよくうたた寝をしていたらしい。目が覚めた瞬間も「彼に会いたい」と思ったけれど、日も暮れかかった午後5時半、さすがに諦めて携帯を置いた。

あの子の彼女を見たこと。わたしはすこしショックを受けたこと。あの子に対して「すき」とは言い切れない特別な感情があること。
彼には、すべて正直に話そうと思っていた。福岡に来てからというものの、わたしが思ったこと、考えたこと、感じたことは、「誰かに話したい」と思えばすべて彼が受け止めてくれていたから、馬鹿なわたしは今回も同じことをしようとした。だから、今日、焦って彼に連絡するのはやめておいてよかったのだと思う。
彼に「わたしはあの子のことが気になる」と言っても、彼とわたしの関係が大きく変わるわけじゃない。ただ、わたしの秘めた彼への気持ちを「伝えたい」と考えたことはなかったけど、「伝えられなくなる」のは怖かった。
わたしは、そんなふうに思う自分を「ずるいな」と思った。

誰のためのオメカシでもなく、ただ、自分のこころが元気でいられるためのオメカシをしよう。新しい月のはじまりは、こころもからだもなるべくいいスタートダッシュを切れたらいい。