東雲色

仕事で今携わっているプロジェクトの打ち合わせをしていたら、すぐ横の通路を彼の姿が通り過ぎるのが見えて、ふと顔を上げると彼もわたしを見ていた。目と目が合って、彼は何か言いたげに含み笑いをしていて、そんな彼を見たわたしもつられて笑顔になった。わたしは、彼が何を言わんとしているか手に取るようにわかった。
明日、わたしは彼といっしょにお昼を食べに行こうと思った。ふたりで映画を観に行く日を決めなくちゃ、と思った。

揺れている。
わたしのこころはゆらゆらと、しずかに、でもおおきく、揺れている。


その目に見つめられたわたしは何も言えなくなる。長いまつげ、黒目がちの大きな瞳、日に焼けた肌、すこし気だるそうな表情、すぐに脚を組むクセ、物知りなところ、意志が強いところ、そしてなにより、やさしいところ。
打ち合わせ中、何度も目が合って困った。あまり積極的に意見をするほうではないわたしがぽつりぽつりと話し始めると、まさに一語一句聞き漏らさぬようにと一生懸命話を聞こうとする。わたしが眺めている資料を覗き込むときの距離が近い。いっしょに乗ったエレベーターで彼が先に降りるとき、扉が閉まらないようにとわたしが降りるのを確認するまで必ず扉を押さえていてくれる。
ふたりでプロジェクトの現場へ外出することにももう慣れた。だけど、どしゃ降りの雨の中、会社へ戻ろうとするのを引き止めて「いっしょにお昼を食べて帰ろう」と誘う勇気はわたしにはなかった。

わたしのほうが先輩だから、というのは少なからずある理由で、それ以外、あの子にさしたる感情はないのだろうけど、「あれ?」と思ったときにはもう遅かった。あの子の何がわたしをそういう気持ちにさせるのかわからない。でも、わたしのこころを揺さぶるには十分だったのだ。

すきなひとが、わたしの姿を認めて目と目で合図をするかのように通り過ぎていったとき、どきんと胸が高鳴ってうれしかった。でも、あの子のさりげないやさしさに触れるたび、きゅんと胸が狭くなるのもほんとうで。
こころが揺れるのはもどかしい、はずかしい、認めたくない。だけど止まらないし、止めることもできない。よくわからないけど、わたしはいま、すきなひとにものすごく「会いたい」と思っている。それが何よりも偽りのない、わたしのほんとうの気持ち。