素色

「君とじゃ年齢が離れすぎてる」「社内恋愛はぜったいにありえない」
すきなひとに何度も何度も言われた言葉。彼がそう思っていること、前から知ってはいたけどショックで泣けた。それでもめげずにすきだった。すきでいたいと思った。叶わなくても、結ばれなくても、わたしは誰よりも彼をすきでいよう、と、そう思ってた。

恋愛感情を抑えて彼と接することにわたしはいつの間にか慣れてしまい、それが普通になっていたようだ。気づけば、彼が引いた予防線を跨がぬようにと必死で、踏み出しそうな足は行ったり来たりを繰り返しながら一歩後ずさったところで止まった。

結局は、それが答えだったのだ。

彼はおいしそうに日本酒を飲み、焼き鳥を食べ、饒舌に話しながらわたしの目の前で笑っていた。「ふたり、付き合っちゃえばいいのに」と煽る会社の先輩に、彼はやっぱり「社内恋愛はありえないですよ」と繰り返していた。それを聞いたわたしも「彼は相変わらずだ」と思いながらけらけらと笑っていた。久しぶりに楽しい飲み会だった。

すきなひとをすきじゃなくなることは、たぶんこれからもないのだけれど、わたしはなんとなく「これでいい」と思えるところに落ち着いたのだと思う。何層にも重なったミルフィーユのように想いを募らせながら「いつかは…」などと、ありもしないことを彼に期待するのはもうやめようと決意した。その決意が自然にできたことに自分でも驚いた。

ふたりで柳川へ行く約束も、ジブリの新作をいっしょに観る約束も、行列店のフレンチトーストを食べる約束も、わたしたちはこの先ひとつずつ叶えてゆくだろう。変わらないふたりの関係、変わったのはわたしの気持ちだけ。あのとき気持ちを伝えずにいてよかった、と、そう思える日がきっとくる。だから、もうだいじょうぶだ。

新しいわたしになったつもりで髪を切った。長さはそのままに、シルエットだけ少し変わった。剥がれかけたマニキュアもペディキュアもきれいに落としてさっぱりした。仕事が忙しいとか、疲れたとか、そんな理由で蔑ろにしていた毎日の食事だって、今日はちゃんと仕度をしておいしいものを食べた。
自分を大切にしようと思う。そして、今度こそ、そんなわたしを愛してくれるひとをすきになろうと思う。簡単なようでイチバン難しいこと。そして、なによりもぜいたくなこと。