菖蒲色

6月1日、名古屋はとてもいい天気だった。気温は35℃。からりと乾いた熱風にさらされ、そのうち干からびたりして…ということをわりと真面目に心配した。

この日、ほんとうは、わたしは結婚式に参列するはずだったのだ。
会社の同期が同じく同期とめでたく結ばれ結婚式を挙げるので、結婚式に来てほしいと言われていた。名古屋の駅前で、神前式で、飛行機を予約して、さて「ドレスをどうしよう」とか「ご祝儀を準備しなくちゃ」とか、そんなことを考えていたところに突然の電話。彼のほうから「破談になった」と連絡があってとても驚いた。4月の終わりのことだった。

名古屋で暮らす妹は、発売されたばかりの平井堅のアルバムを聴き、付属のDVD(KEN's BARの昨年の武道館公演)を観て、録りためた平井堅出演の音楽番組を見返しながら「堅さま、堅さま!」と大声で盛り上がる有様で、わたしはそんな妹の家で平井堅を目に(耳に)するたび、「彼もこの公演を観たのかなぁ」とか「彼もこのアルバムを買ったのかしら」とか「今度会ったら聞いてみよう」とか、そんなふうにすきなひとのことを考えるより他なかった。

金曜日の午後の空港で、たった50cmの距離でニアミスしたわたしたち。わたしは彼に気づいたけれど、彼はわたしに少しも気づかなかった。わたしは彼が来ることを期待していたし、彼はわたしがいることを意識しなかった。わたしは過ぎ去ってゆく彼に声をかけるのも躊躇われた。あっさりとわたしの横をすり抜けて行った彼のうしろ姿に、わたしの入り込む余地はまるでないように思えたからだ。
つまるところ、わたしたちは“そういうこと”だった。

今日、九州北部は梅雨入りを迎えた。気温は低くとも蒸していて、じっとり汗ばむような天気。エアコンを早めに買っておいて正解だと思った。
花菖蒲と紫陽花には雨がよく似合う。いろいろなことがあるけれど、低気圧に負けず、なるべく前向きに過ごしたいと思う6月である。