朱色

週末にやっとガスコンロが届いて自炊を始めた。わたしは、小さいころから外食をすることや出来合いのものを買って食べることが頻繁に続くと決まって体調を崩していた。だからだろうか、自分で料理をするということに多少の煩わしさは感じるものの、自分で作ったごはんを食べれば食欲もわくし元気も出るから、ひとり暮らしを始めてこの2年、よほど仕事が忙しくない限りはできるだけ自炊することを心がけているのだった。

そんなわけで、わたしは今週から手作りのお弁当を持参して出勤しているけれど、今日はさっそくお弁当を忘れて家を出てしまった。気づいたときにはもうバスの中、取りに戻ることもできず、しばらく茫然自失のままバスに揺られていた。

仕事が一段落した午前中、今日のお昼をどうしようかと考えて、すきなひとに「もしよければいっしょにお昼に行きませんか」とメールをしてみた。「大丈夫です!」と、彼はすぐに返事をくれたから、わたしは今日もお昼休みが待ち遠しかった。

彼は髪を切っていた。わたしはいつものメガネを外し、コンタクトレンズを入れていた。相変わらずお店を探すのが下手なふたりで、今日は散々に迷っておしゃれなレストランに入ってみたものの、先客も後客もなく貸切状態でごはんを食べた。取り留めのない話で盛り上がるこのひとときに、わたしはきっと、これからもずっと助けられるのだろうと思う。
職場へ戻る道すがら、「今後はもうお昼はお弁当なの?」と彼に聞かれ、「そのつもりです」と答えると、彼は少し残念そうだった。「でも、たまにはサボると思うし、今日みたいにせっかく作ったのに家に忘れてくる日だってあると思いますよ」と言うと、彼は「おっちょこちょいすぎて、まるでサザエさんみたい」と笑った。

気づけば福岡の街はハナミズキの木があちこちで満開の花を咲かせている。生きてゆく場所が違えども、季節はどこも同じように移ろってゆく。そんな当たり前のことでさえ、わたしはいつの間にか忘れてしまっていたのだと思った。新しい街、新しい職場、新しい仕事に慣れることにいっぱいいっぱいで、ぜんぜん、周りを見ていなかったのだと思った。

つまるところ、わたしは少しずつ、ほんとうに少しずつだけど、新しい街に、新しい職場に、新しい仕事に馴染んできているのだろう。周りを見て歩く余裕ができたというのはそういうことではなかろうか。スピッツ天神駅の改札口を歌うこととか、椎名林檎百道浜室見川を歌うこととか、これまで“わたしには一生縁のない場所”と信じきっていた場所に、今、こうして立ちつくすわたしがいる。迷いながら悩みながら戸惑いながら、明るい未来をひたすらに信じているわたしがいる。

仕事はそこそこたまっているものの、今日は残業を1時間で切り上げて帰宅した。会社を出ると外はまだ明るかった。
ツツジの甘い香りに彼を想いながら、わたしは家路を急いだ。