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福岡空港の上空から見えた夜景は、東京のそれと変わらなかった。きらびやかで、まぶしくて、ほんの少し「帰りたい」と思った。
福岡空港から地下鉄に乗って天神駅を目指した。電車を降りてホテルへ向かうも、初めての土地では右も左もわからない。広い歩道に平然と屋台が並ぶ様は異様な光景に思えた。迷いながらホテルへ入った。

九州の支社に初めて出勤した日、会社の入口さえわからずに困ってしまった。出会うひとはもちろん知らないひとばかり。緊張しながら挨拶を済ませ、緊張しながら引継ぎを受けて、緊張しながら自席に着きPCを開くと、入社して初めての上司からメールが届いていた。
仕事には厳しいけれど、懐の深い、温かくてとても素敵な上司だった。わたしが九州へ転勤することになったと知るや否やすぐに連絡をくれた。その上司にも「九州へ行くことを連絡しなくちゃ」と思っていた矢先のことだった。九州へやってくる前日も、「いっしょにお昼を食べよう」と言って和食のコースをご馳走してくれて、「落ち着いたら連絡をちょうだい」と言われていたのに、またもや先を越されてしまったな、と思った。
メールを読んで泣きそうになって、やっぱり「帰りたい」と思った。でも、「がんばらなくちゃ」とも思った。こうして、遠く離れてもわたしのことを応援してくれているひとがいることを考えたら、たった一日で弱音を吐くなんて時期尚早だ。
また会える。必ず会える。置かれた場所で一生懸命仕事して、帰るときには胸を張ってみんなに会いたいと思う。

引越し当日は宿舎がオートロックだとは露知らず、自分の家に入るまで重い荷物をぶら下げながら手間取った。外は雨、季節外れの寒さに体は冷え切って散々だった。
そしてこの週末は、九州の支社の若手の飲み会に呼ばれて、どしゃ降りの中二次会から参加してみた。職場の後輩の友達みたいな女の子たちがコールで一気飲みを煽ったり、気になるらしい男の子と人目も憚らずいちゃついたり、合コンのノリのような盛り上がり方をしていて、わたしには雰囲気が合わなかった。三次会には参加しないで帰った。
帰り際、「いつもはこんな飲み会じゃないんです、ほんとスイマセン」と幹事の後輩の男の子がわたしに謝っていたけど、「気にしていないから大丈夫」と言いながら引き攣った笑顔で別れることしかできなかったのは少し大人気なかっただろうか。だけど、“これが九州のノリっすよ!”と言われても、わたしは平然と「今後は何かと理由をつけてお断りするしかないだろう」と考えていた。

雨上がりの帰り道、酔っぱらった思考はぐるぐると同じところを逡巡し、行き着く先は結局、すきなひとに会いたい、ただそれだけだった。
九州へ来る前、「いつ来るの、九州で待っているから早く来て」と駄々をこねるわたしに、彼は「7日には会社に行きますから」と笑っていた。「僕の着任の日も、君とたった一日しか違わないでしょう」と諭すように言ってくれた。
でもね、わたしにとってはその一日がうんと長く感じたのです。だから早く会いたい。あいたい。逢いたい。

つい4日前のことなのに、彼の笑顔を思い出したわたしはとても寂しくなった。