桜色

サザエさん」を観ながら「来週は九州でサザエさんを観ているのか…」と考えたら、それが不思議で仕方がなかった。「あぁ、わたしはまだ向こうへ行くことに実感がわいていないのだ」と思った。

九州への転勤が決まってからというものの、わたしはほんとうに素敵なひとたちに恵まれて仕事をしていたことをあらためて感じた。飲み会のお誘い、ランチのお誘い、映画のお誘い、そしてたくさんの餞別のプレゼント。
「九州はいいところだよ」と言ってくれるひとがいて、「君ならぜったいに大丈夫」と太鼓判を押してくれるひともいて、「遊びに行くから必ず会おうね」と約束してくれるひとがいて、そのはなむけの言葉たちに何度元気をもらっただろう。うれしかった。だからこそ、やっぱりここを離れたくないと思ってしまった。
週末、新宿へ出かけて、チームの解散式でみんなに渡すプレゼントを買った。ハンカチにひとりひとりに宛てたメッセージカードを添えて渡そうと決めていた。カードを書きながら泣いた。外は強い雨が降っていた。

「彼は九州でパパになって帰ってくるかもね」と笑う女の先輩に、「あぁ、わたしの保護者ってことですか」と面白がってみたら、「違うわよ、もしかしたらふたりが一緒に…ってことがあるかもしれないじゃない?」といたずらな笑顔を見せるからとても驚いた。「わたしはよくても彼が嫌がりますよ」と苦笑いで返すのが精一杯だったけれど、わたしの気持ちがばれていなければいいな、と思った。
すきなひとが「福岡と埼玉で二重生活をする」ことや「埼玉には月に二度も帰ってくるらしい」という話はあっという間に広がって、それは、すきなひとのすきなひとに会うためだ、とか、彼は彼女と不倫しているからだ、とか、根も葉もないウワサばかりがひとり歩きしている。そういう話を耳にするたび、わたしは「何を浮かれているのだ」と自分に言い聞かせる。ここのところ、そんなことの繰り返しだ。

すきなひとがこちらに頻繁に帰ってくる理由、それは彼にしかわからないこと。表向きの理由はあっても、もしかしたら、ほんとうは彼女に会いに来るためかもしれない。それはわたしが知らなくてもいいことだ。“それ以上”を望まなかったわたしは“このままでいい”と今も思う。だけど、わたしは、その気持ちが揺らぎそうになるのを必死に食い止めている自分を知っている。

引越しが4月3日に決まった。満開の桜に見送られるようにして、わたしは羽田を発つ。