桜色

今日はいろいろと書きたい気分。

わたしのひとり暮らしの家にはテレビがないから、いつもラジオかCDを聴いている。今日、CDデッキに入れっぱなしだったミスチルの『[(an imitation) blood orange]』を取り出して、久々に『Mr.Children 2001-2005 』を入れた。
ベストアルバム発売当初は狂ったように聴いていた。『macro』よりも『micro』が好きなのは、きっとわたしの学生時代がたくさんたくさん詰まっているから。

聴きながら夕飯の後片付け。ミスチルのライブの翌日、仙台の街をゆっくりと流す車中、すきなひとに「ミスチルの中でどの曲が一番好きか」みたいなことを聞いたときにちょうど『優しい歌』が流れていて、彼が「これ、好きですよ」と言っていたのをふと思い出した。春の陽射しがやわらかな朝だった。
しばらく聴いていると『Any』が流れる。「わたしはこの曲が好きです。中3の夏休み、塾の夏期講習に向かう途中でシングルを買ったのを思い出します。」と、彼に話した。「君が中3のときにこの曲か…」と苦笑いしていた彼の横顔も、今はおぼろげ。10年前の夏休みのことははっきりと覚えているくせに、たった4ヶ月前に見た彼の横顔を思い出せないなんて、ちょっともったいないなぁ、と思った。

近くにいすぎるせい、だと思う。彼をほんとうに「すき」なのか、わたしは今も自信がない。彼がわたしをそういう目で見ていないことは明らかだし、わたしもそれを知っている。わたしの彼への気持ちは、大人の彼に対する憧れとか、大人の彼が魅力的にうつるとか、そういう類のものであって、「すき」とはまた別物かもしれない、と思うこともある。

誰かに恋をするなんて久しぶりすぎて、「すき」とか「きらい」とか、よくわからなくなった。