潤色

2年前、7月の3連休は友人たちと白川郷へ行って、あまりの暑さに軽度の熱中症になったことを今でもよく覚えている。あのときほど、ポカリスエットをおいしいと思ったことはない。梅雨が明けてからというものの、そのとき以上の暑さが続いている埼玉。夏は始まったばかりというのに、このとんでもない暑さに早くもうんざりだ。
白川郷の冷たい水で冷やされたラムネのビン。水の滑らかな動きに夏の陽射しがきらきらとゆらめいて、わたしのとても好きな写真。


『聖の青春』の著者、大崎善生。一年前に片想いをしていたひとも「大崎さんの本が好きでよく読むんだ」と言っていた。『アジアンタムブルー』『九月の四分の一』『パイロットフィッシュ』、彼は大崎さんが書いたどんな本も持っていた。そんな彼に、お気に入りを一冊ずつ借りて読むのがわたしは心から楽しかった。
でも、『聖の青春』、この本の名前だけは、彼の口から聞いたことは終ぞなかった。彼はこの本を持っているだろうか、読んだことはあるだろうか。今やわたしには何の関係もないことで、大きなお世話かもしれないと思いながらも、もし、彼がこの本をまだ読んだことがないとしたら、それはとてももったいないことのような気がしている。
彼に、この本を読んでわたしが感じたこと、考えたこと、すべて伝えたいと思った。こんなふうに思うのは久しぶりで、どきどきした。一年ぶりにメールをしようか、はたまた、会社ですれ違ったときに立ち話でもしようか。思いをめぐらしながら彼の反応を想像しては、一喜一憂する毎日。

一年経って、やっと、“彼と出会う前”に戻れたから。悲しみ、愛しさ、憎しみ、寂しさ、弱さ、切なさ、いろいろな感情を自らの胸に押し込んだままやり過ごした一年を振り返れば、ほんとうに、長いようで短かい一年だった。
「好きだったんだよ」と、打ち明けたい衝動に駆られる。おそらく彼は気づいていただろう。何をいまさら?と思われるかな。打ち明けて何になるのだ、とも思う。もちろん、今になって彼とどうこう、そんなことはこれっぽちも考えてはいない。
真実を知りたい。彼はなぜ、あのときあんなふうにわたしに告げたのか。そう告げることで、わたしが離れてゆくことに期待し、また、それをわかっていたからなのか。大阪へ行った理由。彼の前に現れた“好きなひと”のこと。“好きなひと”とのそれから、の話。隠しているのなら、「そんな小賢しい手は使うな!」なんて、2つも年上の彼にぴしゃりと言ってやりたくなる。
一年前のわたしは、弱かった。彼に突きつけられた現実を受け止めることが怖かった。そして、それを自分の力で跳ね返す術も知らなかった。そんな勇気もなかった。だから逃げ出した。ただ、それだけのことだ。いまさら、真実を知ることに何の意味もないことは、わたしが一番よくわかっているつもり。それでも「知りたい」と思うのは、わたしのエゴでしかない。

久々の曇天。生温い風。排気ガスのにおい。駅からの帰り道に思い出すのは、彼のことばかり。