櫨色

週末は仙台に住む両親のところへ。ちょうど青葉まつりで、市内はとても賑やかだった。

電車に揺られて山寺へ行った。今回は山寺に行くのが目的で仙台へ足を運んだようなものだった。“五十年に一度の御開帳”、わたしはそれを見たかった。
でも、考えることはもちろん皆同じ。立石寺はもちろん、奥の院まで続く登山道や参道はひと、ひと、ひとで大賑わい。五十年に一度しかお目にかかれない仏像を拝むまでに2時間半ほどかかった。おそらく山寺も、今回の御開帳が終わるまでは五十年に一度の混雑に違いない。
加えて、土曜日は熱中症で倒れるかと思うほど日差しが強かった。それでも、木々を通り抜ける風は夏のように湿っぽくはなく、からからと新緑の季節にとても似合う風だったのが唯一の救いだ。「ゴールデンウィークに一度来たけど、あの日は足元から冷えるほどだったから、今日のほうが暖かくて待つのも気が楽だ」と、母。とめどなく流れる汗を拭きながら、ふたりで千余段もの階段を登った。おかげでわたしは翌日から今日まで、筋肉痛と膝関節の痛みに顔をしかめている。
奥の院で「学業成就」のお守りを買ってもらった。秋にとある試験を受けるつもりでいるから、これで頑張る口実ができた。

大人になって、親元を離れ、仕事をしながらひとり暮らしを始めて、それでもわたしはいつまでも父と母の子どもだなと、そう思う。
家から駅まで徒歩25分。暑くもなく、寒くもない仙台の街を、母とふたり肩を並べてのんびりと歩いた。道中、あちこちのお店に寄って「あれを買ってやろうか」「これを買ってやろうか」とわたしに尋ねる母に、わたしは「要らない」と言うことしかできなかった。
結局、おいしいごはんを作ってもらったり、外食をしても母が支払ってくれたり、父には運転を任せたり、わたしが父や母にしてあげたことは何ひとつもなくて、帰りの新幹線に向かうエスカレーターで、ふと後ろを振り返って大きく手を振る母の姿が見えたとき、右目から一粒だけこぼれた涙が、母にばれていなければいいなと思った。