wine red

やってしまった。二日酔い。
深夜2時半まで件の上司と深酒してしまい、今日はまったく使い物にならなかった。

上司とわたしの共通の知り合いが来札するというので、3人で飲みに行ったのだった。
とはいえ、上司もわたしもその知り合いとはさほど深い付き合いをしたことがなく、上司の見立てによれば「おそらく仕事の話をしたいのだろう」とのことだった。「もしかしたら君を誘わない方が良かったのかもしれないなぁ」とも言われたけれど、そうなったらなったで、わたしは上司のとなりでそっと気配を消して、ひとりでお酒を嗜んでいるつもりだった。

知り合いとの宴席は1軒目、2軒目と続いた。日本酒を次々と流し込む上司は、めずらしくほとんど酔っていなかった。
上司の見立てどおり、真面目な仕事の話もあったけれど、たぶん、酔えない理由がそれだけじゃないことはすぐに察しがついた。気の抜けない飲み会はこの上司には似合わない、と、隣でその様子を眺めながら思っていた。

2軒目で知り合いと別れた。わたしは、上司がこのまま酔えずに帰るのは嫌だと思った。「もう1軒行きませんか?」と言ってみたら、案の定、上司の目の色が変わった。すでに日付が変わるころ、札幌の夜は思いのほか店じまいが早く、あてもなく歩きながらおしゃれなショットバーに入った。
上司はラフロイグをストレートで。わたしは軽めの赤ワイン。ふたりでグラスを鳴らしお酒を口に含むと、緊張がやわらかくほどけた。

「北海道はどう?」
おもむろに尋ねた上司の目が、まっすぐにわたしを射抜いた。
「仕事はしんどい。でも、楽しい」
そう正直に答えると、上司は満足そうにしていた。

「ほんとうに君が来るとは思わなかったなぁ」
そうは言っても、わたしの異動を上手に差配してくれたことを、わたしは知っている。

「福岡に行って、横浜に行って、札幌に来た君を見ていたら、ずいぶんと骨のある女になったと思ったよ」
それは、自分に自信のないわたしにとってこの上ない誉め言葉だった。

昨年9月ぶりのサシ飲み。「あの日のこと、誰かに話した?」と聞かれたから、「ご迷惑おかけするかもしれないと思って、誰にも話していませんよ」と告げると、「僕も君に迷惑をかけるといけないから誰にも話していない」といたずらっぽく笑った。
言えない。言えるわけない。やましいことがあるわけじゃないけど、疑われるかもしれないことをわざわざ公にする必要はない。昨夜のことだって誰にも言わない。それはきっと上司も同じだ。

くだらない、他愛ない話ばかりしていた。でもそれがよかった。
上司もほどよく酔っぱらったようで、いつになく饒舌だった。

途中でお手洗いに立つと、上司はその間に会計を済ませてくれていた。
「いいよ、いいよ」とお金を受け取らない代わりに、お店の前でなぜかわたしに握手を求めた。「また数時間後に会社で会うじゃないですか」と笑いながら、わたしも上司の手を握った。
あたたかくて大きくて、とてもやさしい手だった。その手をひらひらさせながら、上司は歩いて帰って行った。

腹痛と吐き気で目が覚めた。昨夜のことがまるで夢のようにしんどい一日の始まりに、なんだか地獄を見たような気がした。
重い身体を引きずるように出社すると、すでに上司は席にいて、昨夜のお礼を伝えにいった。「大丈夫?」と心配してくれる上司の方がちっとも大丈夫じゃなさそうで、思わず笑ってしまう。上司のこういうところは10年前からちっとも変わらなくて、妙に安心した。

「また、よろしくね」
その「また」があればいいな、と心から思った。

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「お願いがあるんだけど…」と上司に声を掛けられたのは先週の月曜日のこと。わたしもよく知っている先輩が出張で札幌に来るからいっしょに飲みに行かないか、と、そういう話だった。
上司が誘ってくれるなんてめずらしい…と思ったけれど、そういえば去年も似たようなことがあったなぁ。「断ってもいいんだよ、だいじょうぶだよ」とでも言わんばかりの遠慮がちなお誘いを、しかも、わたしが憧れてやまない上司のお誘いを、滅多な理由で断るわけがないのだ。
そんなわけで、連日残業続きだったけど、木曜日だけは定時で上がった。

上司は、いまではわたしがいる部署で一番位の高いポストにいて、わたしが管理する数字をヒントにある程度の経営判断を任されている。だから、わたしは毎週月曜日に上司に数字を報告に行く。
最初は、その数字が示す意味もよくわからずに、何をどう報告すればいいのかと大いに戸惑った。でも、毎週わたしが報告に行くたびに、上司は数字の見方、捉え方のヒントをくれた。数字に弱いわたしにはすぐ理解できないことも多かったけれど、言われたとおりに少しずつ勉強していたら、3カ月たったいまでは何となく上司の求めるものが見えてくるようになり、上司からの問いに根拠を持ってしっかり説明できることも増えてきた。
「わからないことは素直に『わからない』でいいし、困ったときは相談してくれていいんだよ。それを教えるのが僕の役目で、判断するのが僕の仕事だ」
そうはっきりと言ってくれる上司は、厳しくて、やさしくて、頼もしい。
初めて出会った10年前から、上司のそのスタンスはほんとうに変わらない。

「わたし、毎週月曜日に数字を報告しに行って、お話しするのがすごく楽しみなんです」
そう話すと、酔っぱらった上司は相好を崩した。
「irodoriちゃんといい、わたしといい、部下に慕われる上司でよかったわね~」
と、いっしょに飲みに行った先輩も楽しそうに笑っていた。
「一度自分の部下になったことがある子をもう一度自分の部下として迎えたのは、彼女がはじめてでね」
上司は飲み会の席でことあるごとにそう口にして、それを聞くたび、わたしは身の引き締まる思いがする。

わたしは、お世辞にもできのいい新入社員ではなかったし、いまも決して仕事ができるタイプの人間ではないけれど、こういうやさしいひとたちに囲まれて、見守られて、育ててもらって、素直さだけは身につけられた。この素直さはどこに行っても役立つことを、わたしは身をもって知っている。これがあるから、福岡でも、横浜でも、なんとか生き延びてこられた。万能の処世術だ。

先輩との久しぶりの再会を喜び、おいしいお酒も入ってみんな楽しくなり、2件目で解散しようとしたものの立ち話が終わらず、まさかまさかの3件目。解散したのは深夜1時、さすがにわたしはタクシーで帰った。いやぁ、久しぶりに痛飲した。翌日のあの様子を見る限り、上司はたぶん二日酔いだったに違いない。(わたしは二日酔いではなく、風邪をひいて週末をつぶした。)
それにしてもおいしくてたのしいお酒だった。

「申し訳ないんだけれど、来週もお願いしていいかなぁ…」
今日、数字を報告しに行ったらまた上司に誘われた。気候のいいこの季節、きっと出張にかこつけて札幌を訪ねてくるひとが多いのだろう。わたしでお役に立てるなら、と快諾すると、上司はほっとしたような顔で笑っていた。
来週なら、この異常なほどの忙しさもあらかた目途がついているはず。仕事は最後まで丁寧に、体調も万全に整えて、楽しい飲み会に備えたい。

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仕事に忙殺されている。
家にたどりつくのは日付が変わるころ…というのがもう何日も続いていて、夕食もろくに食べず、お風呂にも入らず、なんとかメイクだけ落としすぐに寝ることで睡眠時間だけは確保している。

ここにきてなぜこれほどまでに仕事ばかりしているのかというと、今、ある締め切りに追われていて、毎日苦手な数字や計算と格闘しているからだ。
昔から自他ともに認める算数嫌い。それでも、自分がこんなにも数字に対してアレルギーを持っていることは初めて知った。社会人のはしくれとはいえ「これはマジでやばいかも…」と危機感を抱くほど。
締め切りに追われながら、数字をいじって適切な目標値を定めたり、計画通りに進捗しているのか分析したりするのがわたしの仕事。でも、「計画値に対してこれくらいの実績なら、年度末までにこれくらい収入が増える見込みだよね。だからこの数字はちょっとふかしすぎてない?」と言われても、「どうしてその数字になるの?どうしてそんなことがわかるの?ねえ、なんで??」と課長に聞いている始末…。これじゃあ、数字を扱っているというより、数字に遊ばれているのではなかろうか。

これまで、「数字は苦手」「数字は嫌い」とできるだけ目を背けてきたし、それが許される環境だったけれど、今は違う。もう逃げられない。だから、これを機に腰を据えて勉強してみようと思った。今日、さっそく本を買い込んだから、少しずつ読み進めることにした。

正直、慣れない仕事、しかも苦手な仕事に追われる日々は、思ったよりもかなりしんどかった。札幌に転勤になってハッピー!だけじゃもちろんすまなかった。
これまでも、福岡に行ったり、広報に行ったりして、何度か異動を繰り返すたび、わたしは同じようにしんどい期間をなんとかやり過ごしてきた。そうしているうちに、なんとなく仕事にも慣れて、自分の思いどおりに動けるようになって、最後は「楽しかった」「離れたくないな」と思うようになる。そういう経験があるから、努力さえすればきっと大丈夫だと、まだそこまで悲観的にはなっていない。それだけが、唯一の救いかもしれない。

わたしは昔から、ひとつうまくいかないことがあると、それまでの自分をすべて否定するようなところがあった(すぐ「死にたい」とか言っちゃう)のだけど、最近はなるべくポジティブにとらえられるようになってきた。というか、そういう訓練をしている最中、というか。
何かできないことがあったら「どうやってできるようにするか」とか、何か失敗したら「次はどうやってうまくやるか」とか、次のこと、明日のこと、未来のことを考えるように、いや、考えようとするようになった。31歳にもなって何を言っているんだと思うけれど、これはわたしにとってとてもいい変化だし、そういう前向きな自分のことをちゃんと愛してあげたいと思う。

いや、正直に言えば、明日起きたらまた会社に行かなくちゃいけない(そして大嫌いな数字とにらめっこしなければならない)のが死ぬほどいやだし、できれば仮病でも使って休みたいくらい。でも、いつかこの壁を越えることができたら、仕事も楽しくて札幌での生活も楽しくてパラダイスな日々がきっと待っているから、そのときを夢見て諦めずにがんばりたい。

少しずつでもこつこつ積み重ねた先の景色が、今から楽しみだ。